MotoGPシーズン総括。撤退で考えるスズキ経営陣の「文化」への姿勢と来季日本メーカーの正念場

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • photo by Nishimura Akira, MotoGP.com

 阪本順治監督の映画『どついたるねん』で、小さなボクシングジムのコーチを務める原田芳雄が、スパーリングを終えたリング上で主演のボクサー、赤井英和の体を抱き寄せ、耳元でこうささやくシーンがある。

「ありがとう、夢のようだった」

 そうつぶやいて、原田芳雄はリングを降り、ジムを去って行く。

 2022年MotoGP最終戦バレンシアGPで、アレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTAR)が1周目の1コーナーから最終ラップ27周目の最終コーナーまで終始一貫してトップを走行し続けてチェッカーフラッグを受ける圧巻の優勝を飾った時、脳裏に浮かんだのがこの場面だった。

スズキのMotoGP撤退は世界中に大きな衝撃を与えたスズキのMotoGP撤退は世界中に大きな衝撃を与えたこの記事に関連する写真を見る スズキ株式会社が突然、参戦契約期間の途中であるにもかかわらず、関係各方面との事前調整も行なわないままに「今シーズン限りのMotoGP撤退」を表明したのが今年の5月。それ以来、チームと選手はやり場のない感情を抱えながら毎戦のレースを戦ってきた。現場で戦う自分たちには経営陣の撤退判断を覆すことができない以上、寝耳に水の雇い止めを宣告されたに等しい彼らにできるせめてもの〈意趣返し〉は、レースで好成績を収めて優れた戦闘力と世界への高い訴求効果を見せつけることだ。

 スズキ株式会社の唐突な今回の意志決定に対して、日本の二輪メディアやレースメディア、スポーツメディアは総じて腰が引けた態度で、批評的検証や批判的考察等は寡聞にしてまず見かけたことがない(余談になるが、自律的批評性を欠いたメデイアのこの姿は、サッカーW杯カタール大会に対してジャーナリスティックな検証を行なえない日本のスポーツ報道ーwebSportivaを含むーのありようにも通底するように思える)が、だからこそなおさら、レース現場で働くチーム関係者たちは、孤立無援に近い苦悩や鬱積を抱えながら戦い続けてきたのであろうことは想像に難くない。

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