2020.05.28

バレンティーノ・ロッシは熱狂を生む。デビュー時から「もっていた」

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

MotoGP最速ライダーの軌跡(1)
バレンティーノ ・ロッシ 上

 バレンティーノ・ロッシに関することは、すでにほとんど語り尽くされているといっても過言ではない。二輪ロードレースが決してメジャースポーツとはいえないこの日本ですら、ロッシに関する書籍は拙訳の自叙伝などを含め5冊ほどが刊行されている。現役活動中に何冊もの日本語書籍が刊行されるのは他のライダーでは近年なかったことだし、今後もそんな選手が登場することはおそらくないだろう。

若き日のバレンティーノ ・ロッシ。デビュー当初から人気者だった 日々の一挙手一投足も相変わらず大きな注目を集め、なにか動きがあれば即座にWeb系のニュースが反応する。驚異的なのは、彼に対する世界規模のそんな熱狂が、四半世紀もの長きにわたってずっと継続しているところだ。

 ロッシが世界選手権125ccクラスにデビューしたのは1996年、17歳の時だ。愛くるしい顔立ちと才能きらめく走りで一躍人気者になり、翌年には15戦11勝でタイトルを獲得。98年には250ccクラスにステップアップし、このクラスでも次の年に王座を手中に収めた。当時から、ロッシは優勝後のウイニングランで派手なパフォーマンスを披露することが多く、そのコミカルで洒脱なアイディアが話題を呼んで、人気は欧州の域を超えてどんどん拡大しヒートアップしていった。

 この頃日本でも、ロッシはロードレースファンの間ですでに人気を集めていた。デビュー直後の125ccクラス参戦時から、毎戦優勝争いを繰り広げていた日本人選手たちに積極的に教えを請い、250ccクラス昇格後もその姿勢は変わらなかった。なかでも阿部典史に対しては、阿部の世界グランプリデビュー戦となった94年鈴鹿の500ccクラス決勝レースを中学時代にテレビ中継で見て以来のファンだと公言しており、阿部の名前になぞらえて自らを〈ろっしふみ〉と名乗るほど敬愛の情を示した。そんなこともあって、ロッシは若い頃から日本のレースファンにとっても非常に近しい存在だった。