【エアレース】「PR部長」から「勝負師」へ。室屋義秀がついに初優勝
優勝が決まった直後から、室屋義秀の目は潤みっぱなしだった。
何かを話そうとすると、胸の内にある感情とともに涙があふれ、もう言葉にならなくなる。それが分かっているから、室屋の言葉は自然と短くなった。
初優勝を果たし、涙を浮かべながら記者会見に臨んだ室屋義秀 (c)red bull 本当に言いたいことのすべては明かせなかったに違いない。すでに涙腺は決壊寸前。それを口にすれば、もはや取材に応じることも、関係者に感謝の言葉を述べることもできなくなってしまいそうだった。
その姿からは、つい1時間ほど前まで、自ら「モンスターのようなパイロットばかり」と評するライバルたちを蹴散らしていた力強さは消えてなくなり、流れ落ちそうになる涙との格闘では、かなりの苦戦を強いられていた。
無理もない。
「操縦技術世界一を目指してやってきて、一番というのは届きそうで届かない、本当に難しい世界だったが、25年かけてやっと取れた」
これまで室屋は何度も挫折を経験してきた。「もう飛ぶのはやめよう」と思ったことは、一度や二度ではない。それでもあきらめず飛び続けきた先に、目指す頂はあった。世界一になると誓ってから25年。念願かない、室屋はついに表彰台のてっぺんにたどり着いた。
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