2015.12.16

徹底検証・屈辱の参戦1年目。ホンダのF1復帰は早すぎたのか?

  • 米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki  桜井淳雄●撮影 photo by Sakurai Atsuo(BOOZY.CO)

2015年シーズンのマクラーレン・ホンダを検証する(1)

 2015年3月、オーストラリアのメルボルンで行なわれた開幕戦は、マクラーレン・ホンダにとって惨敗とも言える結果に終わった。予選は出走18台中、17位・18位、そして決勝は、ジェンソン・バトンがトップから2周遅れの完走11台中11位、ケビン・マグヌッセンはスタート前のリタイア――。

 新井康久F1総責任者の表情には、苦悶の色がにじんでいた。

マクラーレンのフロントノーズにホンダのロゴが帰ってきたのだが......「今シーズンで一番つらかったのが、オーストラリアでした。開幕前のテストからトラブルが続発し、完全に準備不足のままで開幕戦に臨まなければなりませんでした」

 2015年シーズンを終えた今、新井総責任者はそう振り返る。

 いかに複雑で難しいパワーユニットとはいえ、開幕前テストであれほどまでにトラブルが続くとは、予想していなかった。その見通しが楽観的過ぎたことを、新井も認めている。

 2014年11月末のアブダビにおける初テストでは、2日間でわずか5周しか走行できない……という苦渋を味わった。しかし、それはパワーユニットそのものの信頼性というより、コンピュータのような複雑なマシンを立ち上げるプロセスに手間取ったせいだった。

「初テストではまともに走れませんでしたが、制御系のコントローラーを立ち上げる順番などがうまくいかずにああなっていたので、そこさえできればきちんと動くかな、と考えていました。でも、開幕前のテストが始まってみると、2008年を最後にF1から離れていたブランクは予想以上に大きかった。トラブルが起きても、経験がないから問題を解決するのにも時間がかかるし、やはりそういう勘所(かんどころ)というのは、レースをやっていないと磨かれないものなんです。サーキットでのオペレーションや戦い方、データを確認して原因を究明していくときのスピードやジャッジの速さといったところは、やはり勘が鈍っていました」