【木村和久連載】「ジャンボ尾崎さん、さようなら」 昭和・平成ゴルフの終焉――ゴルフは新たな時代へ
木村和久の「新・お気楽ゴルフ」
連載◆最終回
昨年の暮れ、ジャンボ尾崎さん(尾崎将司)が亡くなられました。
まさしく、巨星墜つ――。世界に衝撃を与えましたね。これは、日本のゴルフ界において、ひとつの節目になるかもしれません。
ということで、ジャンボさんの功績を顧みながら、今後のゴルフ界についても見ていきたいと思います。
(1)空前のゴルフブーム
昔、ゴルフはお金持ちのスポーツでしたが、戦後、大衆化が進みます。1957年、霞ヶ関カンツリー倶楽部で開催されたカナダカップ(のちのワールドカップ)における日本チーム(中村寅吉、小野光一)の優勝を皮切りに、「和製ビッグ3」(河野高明、杉本英世、安田春雄)、「AON」(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)の活躍など、プロゴルフ界の役者もそろって空前のゴルフブームが巻き起こります。
その最大の立役者がジャンボさん。ジャンボさんのJ'sブランドのゴルフクラブは150億円以上を売り上げ、トーナメントのテレビ中継は視聴率10%を軽く超えていました。ゴルフ人口も1000万人を超え、ゴルフコースの数も2000を超えていきます。
バブル時代、ゴルフ会員権は投資の対象となり、4億円超えのコースが現れたほど。ある意味、日本経済がまるまるゴルフに乗っかっていたようなもので、ジャンボ尾崎大明神様々でした。
(2)ポスト・ジャンボ尾崎
ジャンボ尾崎以降は、石川遼と松山英樹らが登場。待望の次世代スター誕生で、ゴルフブーム再来となったのですが、ジャンボさんほどの勢いはないんですよね。
石川選手は史上最年少(15歳245日)でプロトーナメントを制し、松山選手はのちにジャンボさんすら果たせなかったマスターズ優勝という快挙を遂げています。個人の実績としては松山選手のほうがすごいのですが、時代の波に乗ったジャンボさんには敵いませんでした。
そうなると、ジャンボ尾崎の次に時代の寵児になったのは、タイガー・ウッズと言えるでしょう。ただ、それは全世界的なもので、日本独自というわけではありません。
その最中、2000年代へと突入し、日本のゴルフ界のマーケットが完全に変わる出来事が起こります。それが次。
(3)空前の女子ゴルフブーム
宮里藍、横峯さくらの登場です。
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