【追悼】多くのプロや弟子たちが追慕した「人間・ジャンボ尾崎」の優しい視線 まずは普通の人々の側に立つ
1996年には17試合出場、うち8試合で優勝。出場試合を絞りながらも圧倒的な強さを見せた photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る
『人は死して名を残す』という。
通算113勝(世界プロツアー記録)という金字塔を打ち立てたプロゴルファー・ジャンボ尾崎が、2025年12月23日、この世を去った。
もちろん、スポーツ・ゴルフ界で挙げた功績によって、『ジャンボ尾崎』の名は斯界に刻まれ残るだろう。しかし、ジャンボ尾崎が遺したものは、そういった実績の類にとどまらない。死後に寄せられた関係者や記者たちの追悼文からは、その卓越した記録や技術力への称揚はもちろんだが、むしろ、生前に受けた優しさやその思いやりの深さなど、人間・尾崎将司への追慕の言葉が多かった。私もまた、そのジャンボ尾崎という人間の、人間性に触れるエピソードを紹介しようと思う。
追悼:尾崎将司(前編)
【「生まれ変わったらいろんなスポーツのプロになりたいよ」】
1996年にプロ100勝を達成したジャンボ尾崎だが、96年は36試合中17試合に出場し8試合で優勝、翌97年は36試合中19試合に出場し5試合に優勝と、出場試合数を絞りながらも圧倒的な強さをみせていた。そんな第二次全盛期とも言える絶頂期に聞いた話である。インタビューが世間話のような話題に移り変わった時、こんなふうに言葉を投げてみた。
「人生、悔いはないですよね」
すると――。
「え、有るよ、いっぱい。そんなもん悔いだらけだよ」
「じゃあ、もし生まれ変わったら、ゴルフ以外に何をやりますか」
「生まれ変わったら、いろんなスポーツのプロになりたいよな。野球、ゴルフ、テニス、ボウリング、ビリヤード。欲張りなんだよ」
この数年前に、マイケル・ジョーダンがNBA引退後にMLB・ホワイトソックス傘下の2Aのチームで野球に挑戦したことが大きな話題となった。そのチャレンジは、MLBストライキという不運もあって1年で終わったのだが、このマイケル・ジョーダンの挑戦と自身を絡めて、選ばれた人間が向き合う「納得」と「チャレンジ」という際限の無い営みについて語りだした。
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