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米ツアー3年目。石川遼に求められる「意識改革」 (2ページ目)

  • 三田村昌鳳●文 text by Mitamura Shoho
  • photo by Getty Images

 そもそもゴルフというのは、ミスを紡(つむ)いでいくスポーツである。もちろんプロゴルファーは、1ショット、1ショットにこだわり、その球筋、弾道など、自らが納得できるものにしようと全力を尽くすが、ミスは必ず出る。常に完璧を求めても、すべてが完璧なものになることはないのだ。

 つまり、勝者も決して完璧ではない。「うまいゴルフ」をしたからといって、勝てるわけではない。タイガー・ウッズにしても、すべて「かっこいいゴルフ」で勝っているわけではない。

 石川が認識しなければいけないのは、そこ。「うまいゴルフ」「かっこいいゴルフ」と、「勝つゴルフ」「強いゴルフ」とは違う、ということだ。

 結果を出している選手がやっているのは、「うまいゴルフ」ではない。うまくいかなくても、たとえかっこ悪くても、何が何でも勝とうとする、「強いゴルフ」なのである。結局のところ、ウッズにしても、ジャック・ニクラウスにしても、「強いゴルフ」をした結果が、「うまいゴルフ」に見えるわけだ。

 石川はもともとテクニックが充実していて、その探究心も強い。それだけに、ミスに対する許容範囲が狭くなりやすく、まさしく完璧を求めがち。少しでもうまく打てなかったり、自分が満足できるショットでなかったりすると、その点だけに不満が集中し、よりテクニックの向上へとフォーカスしていってしまう。が、ゴルフに完璧がないことを忘れてはいけない。きれいに、美しく勝とうとするのは理想だが、現実的ではないのである。

 例えば、鮮やかな技を決めて一本勝ちを目指す日本の柔道は、かっこいいし、美しい。だからといって、それで世界で勝てるのか、というと話は別。地味ながら「有効」や「効果」でポイントを重ねたり、単に相手の足をつかんで倒すような不恰好な技で投げたりした選手が勝利することが多々ある。

 そうしたしたたかさが、勝つためには必要なのである。サッカーにしても、選手個々の技術が高くて、華麗なパスワークを見せるチームが、常に試合で勝てるわけではない。技術はやや劣っても、ボールを懸命に追いかけて、勝利を得るために泥臭く体を張ってプレイするチームが勝ったりする。

 今の石川には、そんな勝利への意識改革が必要だと思う。すでにプロとしてのテクニックというものは十分に備えている。だからこそ、自ら追求していくものを「うまいゴルフ」から「強いゴルフ」「勝つゴルフ」に切り替えていかなければいけない。

 そして、そんな「強いゴルフ」の原動力となるのが、"闘争心"であり、"勝利への執着心"である。したがって、自らのメンタルポジションも「闘う」こと、勝つことに持っていかなければいけない。それを実践できれば、勝利への推進力となるはずである。

 まもなく開幕する米ツアー。年内に開催される序盤戦は、トッププレイヤーの出場も限られる。そういう意味では、結果を出すチャンスである。勝利に向かってがむしゃらに戦っている石川の姿を、そこで見られることを期待したい。

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