ワールドカップの聖地エスタディオ・アステカ 名選手が躍動し、好勝負が繰り返されるスタジアム (3ページ目)
【40年前のエスタディオ・アステカ】
メキシコは、スペイン人来航以前からの古い宗教と、スペイン人が持ち込んだカトリックの教義などが混じり合った、独特の信仰やや精霊崇拝が息づいている国だ。
「チキッティブン、アラ、ビンボンバ! チキッティブン、アラ、ビンボンバ!
アラビオ、アラバオ、アラ、ビンボンバ!
メヒコ、メヒコ、ラララ!」
試合中にメキシコ人の観衆が叫ぶチャントだが、意味もよくわからず、まるで神に捧げる祈りの言葉のようにも聞こえる。
僕は実は1970年のメキシコW杯の時も「観戦に行きたいなぁ」と思っていた。
だが、当時は普通の高校生がサッカーの大会を見に海外に行くなど、非常識極まりない話だったので断念。アステカで行なわれたメキシコ対ソビエト連邦の開幕戦の模様は、深夜にふとんに隠れてモスクワ放送の短波放送による実況で聞いていた。ロシア語はわからないので「FWの選手の名前が出てきたらそのチームの攻撃中、DFの選手名が出てきたら守備中なんだろう」と判断しながら聞いたのだ(試合はスコアレスドロー)。
結果として、あんなに面白い大会となっただけに、僕はあの時メキシコに行けなかった(行かなかった)ことを今でも本気で後悔している。
1986年にはメキシコに行って、エスタディオ・アステカも何度も訪れた。
この時の開幕戦はイタリア対ブルガリアで(当時は前回優勝国が開幕戦に登場した)、ホテルからタクシーに乗ってアステカに向かった。だが、高速道路は渋滞でさっぱり動かなくなってしまった。
一瞬「試合に間に合わないかも......」と不安になったのだが、ふと前方を見ると、ブルガリア選手団のバスがやはり渋滞にはまっているではないか! これなら、時間に間に合わなくても、試合が始まってしまうわけはないので、ひと安心したのを覚えている。
1986年メキシコ大会、エスタディオ・アステカで行なわれた決勝戦の入場券(画像は後藤氏提供)この記事に関連する写真を見る そこで、次の機会には公共交通機関を使ってスタジアムに向かうことにした。
現在は、地下鉄2号線のタスケーニャ駅でライトレールに乗れば、アステカの前まで行くことができる。
ところが、1986年大会当時はこのライトレールがまだ開通していなかった。もちろん大会のために建設していたのだが、工事が大幅に遅れていたのだ。
そこで、タスケーニャからシャトルバスに乗るのだが、ライトレールの工事のために車線が規制されていて、普段よりも余計に渋滞が激しくなってしまっていた。
3 / 4


