ワールドカップの聖地エスタディオ・アステカ 名選手が躍動し、好勝負が繰り返されるスタジアム (2ページ目)
【名選手が活躍。好勝負が続出する】
前述のようにアステカでは二度のW杯決勝が行なわれた。それだけでもすごいことなのだが、その二度の決勝戦で勝利して優勝トロフィーを掲げたのは、ペレとディエゴ・マラドーナ。つまり、20世紀の世界のサッカー界で最高のふたりの選手だったのだ。
W杯は1930年以来22回も開かれてきたのだが、「最も面白い大会」と言えば1970年と1986年大会が争う。どちらもメキシコで開催された大会だ。
1970年大会ではブラジルがグループリーグから決勝戦まで(ひとつの引き分けもなく)全勝で優勝した(ブラジルは南米予選も全勝で突破)。
1958年のスウェーデン大会に17歳でデビューしたペレも29歳となっており、まさに円熟のプレーを見せ、トスタン、ジャイルジーニョ、リベリーノ、カルロス・アルベルトなど脇役も充実していた。
過去に五度の優勝を誇るブラジルだが、1970年大会のチームが最強だったのではないだろうか?
さらに、ブラジルが決勝で下したイタリアにはジャンニ・リヴェラやサンドロ・マッツォーラ、ルイジ・リーヴァなど同国サッカー史上のレジェンドたちが名を連ね、そのイタリアが準決勝で対戦した西ドイツにはウーヴェ・ゼーラーやフランツ・ベッケンバウアー、ゲルト・ミュラーがいた。両国の準決勝は1対1で延長に突入してから激しい点の取り合いとなり、4対3でイタリアが勝利したのだが、この試合も会場はアステカだった。
1986年大会もそうだ。
マラドーナは当時25歳。キャリアのなかで最高の状態で迎えた大会だった(1982年大会は若さを露呈して最後は退場。1990年大会は両脚を負傷したなかでの戦い。1994年大会は禁止薬物が検出されて途中離脱)。そして、マラドーナはアステカでの準々決勝イングランド戦で「神の手」と「5人抜き」というサッカー史に残るふたつのゴールを決めてみせた。
また、1986年大会でもフランスのミシェル・プラティニやブラジルのジーコ(膝の故障を抱えていたが)、スペインのエミリオ・ブトラゲーニョ、メキシコのウーゴ・サンチェスなど、実に多彩な脇役が活躍した。
エスタディオ・アステカは標高2200メートル。W杯では欧州でのテレビ放映のため正午キックオフといった試合が多く、6~7月の開催とあって暑さにも悩まされた。そんな悪条件下でも、メキシコでは数多くの名勝負が繰り広げられたのだ。
まさに、エスタディオ・アステカはサッカーの神の祝福を受けたスタジアムであるかのようだ。
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