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ワールドカップでブラジルが強く見えない..."らしさ"をやめ、ひとりのエースに賭ける (2ページ目)

  • 西部謙司●文 text by Kenji Nishibe

【ブラジルらしいブラジル】

「プランを廃し、監督の指示など必要としない選手とともにあることが重要だ」

 ブラジル代表の最多勝利監督だったマリオ・ザガロの言葉だ。作戦不要。指示など要らない。そういう選手を集めることが最重要。ザガロが言葉どおりの監督だったとは思わないが、歴代ブラジル代表はおよそこういうチームだった。

 1970年メキシコW杯、イタリアには「リベラかマッツォーラか?」という議論があった。1974年大会での地元・西ドイツには「ネッツァーかオベラートか?」という議論があった。

 かつてイビチャ・オシム氏(元日本代表監督)は「エクストラキッカーはチームにひとりかふたり」と話していた。上記の、ジャンニ・リベラかサンドロ・マッツォーラか、あるいはギュンター・ネッツァーかヴォルフガング・オベラートかは、チームの頭脳となるプレーメーカーをどちらにするかという議論だった。

 しかし、イタリアが悩んでいた1970年大会、ブラジルはペレ、トスタン、リベリーノの「10番」タイプを3人起用している。さらに後方の頭脳としてジェルソン、韋駄天ウイングのジャイルジーニョ。「エクストラキッカー」は5人もいた。欧州とは編成の基準が違っていたのだ。

 1982年スペインW杯のジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾも同様。ちなみに1970年と1982年は最もブラジルらしいブラジルだった。

 欧州の編成基準は「特殊技能者+水を運ぶ人」。オシム氏はよく「水を運ぶ人」の重要性を説いていたが、水を運ぶのは例えばレンガを積んで家を造る職人のためである。特殊技能者ばかりでは作業が立ち行かないというわけだ。

 ブラジルは特殊技能者を惜しげもなく並べる。頭脳は多ければ多いほどいい。なぜなら監督の指示はないからだ。もちろん指示はゼロではないが、どうプレーすべきか知っている名人が揃えば、実質的に指示は不要なのだ。

 かつてのブラジルは急がなかった。スペースがある間に攻め込むべきという欧州のプラン(ダイレクトプレー)など見向きもしない。引きつければスペースは作れると知っていたからだ。相手を引きつけて、束にして置き去りにする。その感覚を共有できる選手は、多ければ多いほどいい。むしろひとりやふたりではどうにもならない。

 しかし、現代サッカーのエクストラキッカーはまさにひとりになった。ふたりでは成立しにくい。なぜなら最低9人のフィールドプレーヤーが重い守備のタスクを担う必要があるからだ。そうしなければ守れないくらい、相手のビルドアップ能力が進化している。

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