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冨安健洋に次ぐ若さで20歳の市原吏音がオランダへ 移籍金はJ2史上最高額 (3ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

【もともと海外志向があまりないタイプ】

 チームはグループステージを3連勝で首位通過し、ラウンド16でフランスと対戦した。試合内容で圧倒しながらスコアレスのまま延長戦へ突入し、ハンドによるPKで大会からの撤退を余儀なくされた。

「優勝できるチームでしたし、悔しい負け方でした。個人的には世界との差というか、自分の立ち位置がわかったし、できるなという感覚はありました。それは僕だけじゃなく、みんなが感じたんじゃないかな」

 それまで抱いていた自信に、太い芯が通った。

 ステップアップを、いよいよ、強く、意識するようになった。

「もともと海外志向があまりないタイプで、小さい頃から海外で、という感じではなくて。日本代表で活躍するのが夢で、海外でやらなきゃそこに入れないなと思って、去年ぐらいから少しずつ視野に入れるようになりました。U-20ワールドカップで世界を相手にして戦った時に、海外に挑戦したいなと思ったのもあります」

 2026年2月開幕のJ2・J3百年構想リーグへ向けて、チームは1月初旬に始動した。市原の名前は「交渉中」としてメンバーリストに入っておらず、そのままサウジアラビアで開催されたU-23アジアカップに出場した。

 大岩剛監督は21歳以下の編成で大会に臨み、チームは見事に優勝を勝ち取った。市原はこのチームでも主将を任され、最終ラインを引き締めながらチーム全体をまとめ上げた。

「アジア制覇を目標にしていましたけれど、口で言うほど簡単じゃないとずっと思っていました。今回も難しい大会になると覚悟していましたけど、うまく勝ち上がれて優勝できてよかったです」

 そして帰国後の1月31日、AZへの完全移籍が発表された。オランダ出発を明後日に控えたタイミングで、市原はRB大宮のクラブハウスを訪れた。宮沢悠生監督とスタッフ、チームメイトに挨拶をするためだった。

 慌ただしいなかで取材に応じると、「いよいよ来た、という感じです」と切り出した。

「僕のなかでは、去年のJ2リーグでどれくらいできるのか、というのを指標にしていました」

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