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【欧州サッカー】ロベルト・バッジョを表紙にすれば即完売 ファンタジスタの呼称を定着させた「銭になる男」 (3ページ目)

  • 粕谷秀樹●取材・文 text by Kasuya Hideki

【監督との出会いはことごとく失敗】

 しかし、ユベントスに所属した5年間で、リーグ優勝はラストシーズンとなった1994-95シーズンだけだ。残念ながらそのシーズンは、アレッサンドロ・デル・ピエロの台頭と自身の負傷で、バッジョは絶対的な主力でなくなっていた。

 また、時代が必要以上に結果を求めるようになり、バッジョをはじめとするファンタジスタは軽んじられるようになっていった。しかも、1994-95シーズンからユベントスの監督を務めていたマルチェロ・リッピは、自他ともに許す現実主義者だ。両者のそりが合うはずはない。

 その後、監督との出会いはことごとく失敗に終わっている。

 ミランではファビオ・カペッロ、アリゴ・サッキの下で冷遇され、ボローニャでは「オーナーから押しつけられただけだ」というレンツォ・ウリビエリの無礼な言葉に傷ついた。決まりかけていたパルマ移籍は、カルロ・アンチェロッティによって拒否された。

 1998-99シーズンのインテルでは、ルイジ・シモーニ→ミルチェア・ルチェスク→ルチアーノ・カステリーニ→ロイ・ホジソンと1年の間に監督が4人も変わる不幸に見舞われ、翌シーズンにはあのリッピが指揮官に就任した。

 ひとつの時代を築いたヒーローが「結果最優先」という新しい時代の波に飲み込まれるとは、なんとも切(せつ)ない、切なすぎる。

 ファンタジスタの是非論は、いまだに決着がついていない。アスリート色が濃くなる一方の近代フットボールでは、「絶滅危惧種」とさえ言われ、不要論すら聞こえてくる。

 その一方で、リオネル・メッシやマンチェスター・シティで一世を風靡したダビド・シルバのように、意図的にスピードダウンしながらフットボールの奥深さを具現するタイプは、変わらず高く評価されている。

「速くて強ければいいってものではないのだよ」

 誰しもが憧れるのは、ハードワーカーではなくクリエイターということか。

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