【欧州サッカー】ルート・フリットは「自由人」 名将・サッキにもカペッロにも真っ向から意見した
世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第39回】ルート・フリット(オランダ)
サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。
第39回は1980年代後半に世界を席巻した「オランダトリオ」のひとり、ルート・フリットを紹介したい。ピッチに立つ彼の姿に目を奪われたのは、印象的な髪型のせいだけではない。輝かしい80年代~90年代のミラン黄金時代において、華麗なプレースタイルはカルチョの世界で異彩を放っていた。
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ルート・フリット/1962年9月1日生まれ、オランダ・アムステルダム出身 photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る「ドレッドロックス」とは、互いに絡まり合っている束形状のヘアスタイルであり、単語自体は1930年代のジャマイカで労働者階級と農民を中心に発生した宗教的思想運動が発祥と言われている。
レゲエの先駆者であるボブ・マーリーの髪型──と言えば、おわかりいただけるだろう。えっ、ボブ・マーリーを知らないって? ご自分でお調べください。
プロである以上、人目を惹くのは重要な要素だ。今から四半世紀ほど前、当時は奇抜としか映らなかったドレッドロックスに加え、190cm超えの長身、柔軟なテクニック、精度の高いフィードなどで、世界中から注目された男がいる。
ルート・フリット。
本人は「フリット」と呼ばれることを極端に嫌っていた。「揚げ物じゃないんだから」。なるほど、そのとおりだ。だが、GULLITのGUの正しい音は、日本語の五十音に存在しない。「喉の奥」でクと発声すると最も近くなる。ならばイタリア風に「グーリット」か。外国語のカタカナ表記は、日本メディアにとって永遠のテーマである。
フリットはオールマイティだった。ストッパー、リベロ、守備的MF、右ウイング、10番、センターフォワードを難なく、そして高度にこなした。
著者プロフィール

粕谷秀樹 (かすや・ひでき)
1958年、東京・下北沢生まれ。出版社勤務を経て、2001年
、フリーランスに転身。プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、 海外サッカー情報番組のコメンテイターを務めるとともに、コラム 、エッセイも執筆。著書に『プレミアリーグ観戦レシピ』(東邦出 版)、責任編集では「サッカーのある街」(ベースボールマガジン 社)など多数。















