レフェリー視点で面白かったカタールW杯の3試合。家本政明が「一番笛を吹いてみたかった」と思ったゲームは? (3ページ目)

  • 篠 幸彦●取材・文 text by Shino Yukihiko
  • photo by Getty Images

【オランダvsアルゼンチンは誰がやっても難しかった】

 レフェリング的にも好ゲームが多かった今大会ですが、もっとも荒れた試合は両チーム合わせて18枚のイエローカードが乱れ飛び、そのうち一人が退場となった準々決勝のオランダ対アルゼンチンだと思います。

 この試合の主審はスペインのアントニオ・マテウ・ラオスが務めましたが、試合が荒れる火種というのは前日の会見からありました。オランダのルイス・ファン・ハール監督が挑発するような言葉を会見で並べ、アルゼンチンの選手たちは怒りの火種を抱えた状態で試合に臨んでいました。

 結果、試合はかなり荒れました。マテウ・ラオスはラ・リーガの名物レフェリーですが、おそらく誰がやっても近い状態になったと思います。それくらいそもそもコントロールの難しい試合だったと思います。

 そういうことがわかっていたので、この試合を注目していたら想像以上にレフェリングが軽く、ファウルをとる基準や懲戒罰の基準がちょっと低いところにあったので、これはまずそうだなと思いました。案の定、バランスが崩れることになるわけですが、前編でも話したように裏のメッセージとして極力11人対11人でやらせるというのがあったと思われるので、マテウ・ラオスも迷いながらやっていたと思います。

 ここはカードを出すのに、ここは出さないんだ。そういう場面が続くと、選手たちはフラストレーションをどんどん溜めていくので、彼自身が試合を難しくしてしまった側面もありました。彼は経験豊富で実力者だし、私が話しているようなことは当然わかっているにもかかわらず、ああいったパフォーマンスになってしまった。非常に難しかったと思います。

 ただ、オルサートやシモンが担当していたら少し違った内容になっていただろうとも思います。実際に決勝ではアルゼンチンもフランスもシモンに対してなにも言わなかった。言いそうになってもシモンは深い愛情と力ずくでねじ伏せたわけです。

 だから主審はソフトに対応するばかりでなく、力に対して時には力で対応することも必要ですし、非常に効果的だということがよくわかると思います。とくに南米やヨーロッパの選手たちは闘争心むき出しの人たちなので、それに対して優しさだけでコントロールするのは不可能です。

 そうした学びの機会として非常に有益な試合だったと思います。個人的には一番笛を吹いてみたかったのがこの試合です。猛獣と化したアルゼンチンがどんなものなのか、レフェリーとして体感してみたいというのが本音です。

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