レフェリー視点で面白かったカタールW杯の3試合。家本政明が「一番笛を吹いてみたかった」と思ったゲームは? (2ページ目)

  • 篠 幸彦●取材・文 text by Shino Yukihiko
  • photo by Getty Images

【決勝のレフェリングで見た「戦略的な怒り」】

 オルサートに次いで非常にいいパフォーマンスを披露していたと感じたのが、ポーランドのシモン・マルチニアクです。決勝の笛を任されましたし、今大会のベストレフェリーの一人だと思います。

 彼は個人的にも仲のいいレフェリーなんですが、抗議に迫ってくる選手を退ける強さと毅然と対応する強さがあって、アルゼンチンとフランスという世界トップの強者揃いの両チームを相手にしても、彼は一切臆しません。逆に受け止める優しさも持っていて、人間として非常に幅のあるレフェリーです。

 フランスのシミュレーションを取ってイエローカードを出すシーンがあったんですが、笛を吹かれてフランスの選手が抗議に行こうとするわけです。普通のレフェリーであれば、手を前に止めて選手をかわすような形で、少し時間を作って最終的にイエローを提示するものです。

 でもその時のシモンは、フランス選手の群衆の中に自ら突っ込んでいってイエローカードを出すんですよ。「シモンは強いなあ」と思いました。フットボールの魅力と価値を損なわせないという、彼のマインドの強さを見せつけられました。

 テクニカルな面においてもとても優秀で、判定基準はトップ・オブ・トップです。決勝の2つのPK判定も最初はどうなのかなと思うところもあったんですが、リプレイで見てみると妥当なもので、その時の彼のポジショニングも見事でした。

 フィジカル面でも、彼は非常に体が大きいんですが、すごく走れるんですよね。彼の動きやポジショニングは、世界のスタンダードとして日本の若いレフェリーにぜひ参考にしてもらいたいと思います。

 Jリーグではシモンのような怒る表情をすると、選手やチーム、メディアがざわつくんです。審判たるもの怒るべきではない、聖人君子であれと。でもその怒りというのは、感情的なものではなくて、戦略的な怒りなんです。

 怒った表情をすることで、選手が「やばい、レフェリーが怒った」と引くんですよ。シモンもそれを計算して怒っているわけで、シモン以外のレフェリーも何試合か戦略的な怒りを用いる場面はありました。

 日本では常に笑顔でソフトな対応が求められて、ハードなレフェリングはよくないものとされるんですけど、世界からすると「それは舐められるよ」と言われるんです。私も実際に海外でレフェリーをやる時は状況次第で戦略的に怒っていました。

 例えば猛獣を扱うのに、調教師が優しいだけで扱いきれるかという話なんです。アメとムチが必要なわけで、それがあってお互いによい関係やいい緊張感が生まれるわけです。

 フットボールの本当の戦いの場における選手とレフェリーは、猛獣と調教師の構図と同じだと思っています。だからレフェリーは優しい仏様だけでは成り立たないんです。そういった意味でも、シモンがW杯決勝という極限の舞台で、あれだけ見事に両選手たちをコントロールしたのは、本当にすばらしいパフォーマンスだったと思います。

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