名勝負となったカタールW杯決勝。正直だったフランス、狡猾だったアルゼンチン、このわずかな差が勝敗を分けた

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • photo by JMPA

 アルゼンチンの2-0リードで迎えた後半35分。交代出場のフランスFW、ランダル・コロ・ムアニのドリブル突破を、アルゼンチンのニコラス・オタメンディが倒すと、ポーランド人のシモン・マルチニアク主審は、躊躇なくPKスポットを指さした。

 試合に火がついた瞬間だった。同点弾が生まれたのはその1分後。リオネル・メッシが珍しくムキになりドリブルを乱す。自らの意図するコースから外れると、そこに交代出場のキングスレイ・コマンがショルダーチャージで襲いかかった。

 フランスボールに転じるや、アドリアン・ラビオを経由して、ボールは左サイドを走るキリアン・エムバペに渡る。その1分前、自らの右足でPKを蹴り込んだばかりの10番は、「俺が、俺が」の唯我独尊になっていなかった。頭で脇のマルクス・テュラムに落とし、そのリターンを待つ余裕があった。次の瞬間、その右足ボレーが美しくも爽快に、ビシッとネットを揺るがした理由である。

 試合は土壇場で振り出しに戻った。W杯、ユーロ、チャンピオンズリーグなど、一発勝負の決勝は、概してつまらない試合が多い。勝負にこだわりすぎるあまり、エンタメ性の低い堅い試合になりがちだ。先制点を奪ったほうが逃げ切るパターンが大半を占める。この一戦も、そうした定番スタイルになりかけていた。

 試合はそこから劇的に方向転換した。今回で11回目の観戦となるW杯決勝のなかで1番の名勝負となろうとは、その数分前まで想像だにしなかった。

 36年ぶり3回目のW杯優勝を成し遂げたアルゼンチン代表 36年ぶり3回目のW杯優勝を成し遂げたアルゼンチン代表この記事に関連する写真を見る 延長戦の後半3分、ラウタロ・マルティネスのシュートの跳ね返りをメッシが押し込み、アルゼンチンが勝ち越す。試合終了かと思いきや、延長後半13分、今度はアルゼンチンが土壇場でハンドの反則を犯す。エムバペがこのPKを決め試合は3-3。振り出しに戻ったが、火がついてしまった試合の熱は収まらない。

 延長後半のアディショナルタイム、コロ・ムアニ放った強烈なシュートをアルゼンチンGKエミリアーノ・マルティネスがセーブ。その直後、アルゼンチンもラウタロ・マルティネスが惜しいヘディングシュートを外していた。

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