W杯で活躍のトルコの英雄がウーバー運転手? エルドアン大統領から圧力 (3ページ目)

  • 利根川晶子●文 text by Tonegawa Akiko
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

◆バロンドールに選ばれたアフリカの英雄が大統領になり、コロナ禍にも対応

 半年後の2016年8月、トルコでクーデター未遂事件が起こった。エルドアンのイスラム化政策と権力集中を懸念した軍が、彼とその陣営を排除しようとしたのだ。結局、クーデターは失敗に終わったが、死者は250人にのぼり、その後のエルドアンによる粛清では、BBCによれば6万人が逮捕され、15万人が仕事を失い、言論統制が行なわれた。

 シュクルはこの時、アメリカにいたわけだが、彼もクーデターに加担したとして逮捕状が出された。だが、シュクルは「まったくの濡れ衣だ」と言う。この時のことを、シュクルはドイツの新聞『ヴェルト・アム・ゾンターク』にこう語っている。

「私がいったい何をしたというんだ? 私がテロにどのように関与したのか、今日まで誰も説明する者はない。私はただ祖国のためになることをしていただけなのに、どんな法を犯したというのだ? 彼らは何の説明もなく、私を"裏切り者"とか"テロリスト"と呼んでいる」

 アメリカにいるシュクルは逮捕されなかったが、トルコに残っていた父が逮捕監禁された。シュクルの選手時代にはマネージャーも務めていた人物だ。サンフランシスコの新聞『ゴール』によると、父は持病があるため、現在は自宅で軟禁状態に置かれているという。また、シュクルがトルコに残してきた事業、不動産、銀行資産はすべて没収された。

「今の私には何も残っていない。エルドアンが私のものをすべて奪っていった。私の権利、自由、言論、そして仕事までもだ」

 影響は彼の友人にまで及び、中には経済的な困難に追い込まれている者もいるという。アメリカ旅行中にシュクルとセルフィーを撮ったあるトルコの学生が帰国後、14カ月にわたり刑務所に入れられたこともあった。

 資産が凍結されたことにより、それまで住んでいた家賃月7000ドル(約80万円)のアパートも引き払った。カフェの経営はしばらく続けていたが、ある時から不審な男たちが店にやって来るようになったという。

「彼らは店の前で、大音量でドンブラ(イスラムの民族弦楽器)を鳴らしたりするんだ。だから結局はカフェも閉じることにした。資産は奪われ、収入の道もなく、私の家族にとっては本当にひどい時期だった」

3 / 4

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る