2021.04.16

史上1対1に最も強い右ウイング。フィーゴは1対98000の勝負にも挑んだ

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

異能がサッカーを面白くする(12)~右ウイング編
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 ポルトガルはその昔、欧州サッカーの強豪国ではなかった。ユーロ(欧州選手権)もW杯も、本大会にコンスタントに出場するようになったのは2000年以降。1996年欧州選手権(イングランド大会)でベスト8入りしたことが転機となった。

 1996年の代表チームで中心となっていたのは、1989年、1991年のワールドユース大会を連覇したメンバーで、代表的な選手をあえて挙げるならば、ルイス・フィーゴとマヌエル・ルイ・コスタになる。

 右ウイングと攻撃的MF。ゲームメーカーに好選手が溢れ、まさに中盤至上主義に染まっていた当時の日本には、ルイ・コスタのほうが断然、洒脱な存在に映っていた。一方、欧州は日本より何年か進んでいて、2000年代に入ると、ゲームメーカーに好選手が集まる傾向は薄れ始めた。それに代わって存在感を増していったのはサイドアタッカー=ウイングで、フィーゴはそのはしりのような存在だった。

バルセロナ、レアル・マドリードで活躍したポルトガル代表ルイス・フィーゴバルセロナ、レアル・マドリードで活躍したポルトガル代表ルイス・フィーゴ  正面スタンド、あるいはバックスタンドに陣取る観衆は、ウイングのアクションを他の選手より間近で拝むことが可能だ。よってドリブル&フェイントがキレる選手は、現在のJリーグにおける三笘薫(川崎フロンターレ)がそうであるように、観衆の心を掴みやすい。

 ヨハン・クライフはこう言った。

「両ウイングがゴールラインギリギリから、マイナスに折り返してくる瞬間が、最もワクワクする。だって、それが決まれば、ゴールの予感はグッと高まるだろう」

 クライフ監督率いるバルセロナは当時、欧州のビッグクラブでは唯一(と言っても言いすぎではないだろう)、ウイングを置く4-3-3的なスタイルを志向していた。そこで右ウイングとして出場することが多かったアイトール・チキ・ベギリスタインは、クライフ監督からハーフタイムでベンチに戻るたびに「スパイクの裏を見せろ」と迫られたそうだ。タッチラインの白線を踏んでいるか。つまり大外にキチンと開いて構えているかをチェックされたという。