2020.09.24

W杯4回優勝。ブラジルの栄光を築いた名将の成績が圧倒的すぎる

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

サッカー名将列伝
第16回 マリオ・ザガロ

革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回は選手・監督として、ブラジルのW杯優勝に4度も関わってきたマリオ・サガロ。攻撃的に勝つというブラジル代表監督の宿命を背負いながらも、圧倒的な実績を残した名将の足跡をたどる。

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<名選手で名監督>

 ブラジル代表の栄光は、マリオ・ザガロと共にあった。

 1958年スウェーデンW杯で初優勝した時の中心選手のひとり。この時のブラジルは、W杯史上でも最強と言われている。

1997年トゥルノワ・ドゥ・フランス時のマリオ・ザガロ監督 4-2-4はシステムが数字で表現された、初めてのケースでもあった。ザガロのポジションは左ウイングだったが、中盤に下りて守備を助け、組み立ててでもプレーメーカーのジジをサポートするなど、幅広く動いていた。そのため4-2-4は4-2.5-3.5とも呼ばれた。

 スターは右ウイングのガリンシャ、大会MVPのジジ、17歳のペレだったが、専門家筋ではザガロの貢献度こそ決定的だったと評価された。

 70年メキシコW杯では監督として優勝。選手と監督の両方でW杯に優勝した最初の人物となった。次の西ドイツ大会でもセレソンを率いて4位。ここでいったんブラジル代表から離れるが、94年アメリカ大会ではカルロス・アルベルト・パレイラ監督とのタンデムで24年ぶりの優勝を果たす。つまり、そこまでのブラジル代表の4回の優勝にすべて関わっていた。

 98年フランス大会は、監督で準優勝。02年日韓大会はルイス・フェリペ・スコラーリ監督でブラジル代表が優勝したあと、ワンポイントで監督に復帰。その後06年まで代表監督を補佐した。

 選手だった58年から06年まで、ブラジル代表の活動のかなりの期間に、ザガロは何らかの形で関わっていたわけだ。ザガロが関与していないW杯としては78、82,86、90年の4大会があるが、いずれもブラジルはベスト4に入っていない。逆に関与していたW杯は選手として優勝2回(1958、62年)、監督では優勝(70年)、ベスト4(74年)、準優勝(98年)。テクニカルディレクターで優勝(94年)。ベスト4を逃したのは06年だけだ。