2020.09.01

小野伸二の雄姿に震えた。
日本サッカー史に残るシーズンの大団円

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 赤木真二●写真 photo by Akagi Shinji

 CLのステイタスは、1996-97シーズンにボスマン判決(※)の内容が施行されるとグッと高まった。CLは「日常のW杯」と言われるまでになった。日本人ファンの目線で言うなら、日本代表は団体戦で、CLは個人戦だ。一般的には、応援する対象が、個人より日本の方が熱くなる。ジャンプなら個人戦より団体戦。競泳や陸上でもリレー種目は盛り上がる。「頑張れニッポン!」と応援できるからだ。

(※)1995年12月に欧州司法裁判所で出された判決。 ヨーロッパ連合(EU)に加盟する国の国籍を持つプロサッカー選手は、所属するクラブとの契約が完了した場合、EU域内の他のクラブへの自由な移籍が保証されるとした。


 小野はピッチ上の22分の1に過ぎない存在だったが、相手はバイエルンだ。だからこそ、そこに立つ日本人選手の姿は誇らしく映った。

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 フェイエノールトはCLのグループリーグ3位に終わり、その結果、UEFAカップへと回った。フライブルク(ドイツ)、グラスゴー・レンジャーズ(スコットランド)、PSV(オランダ)、インテル(イタリア)を破り、フェイエノールトは幸運にも、UEFAが事前に決勝の舞台に選定していた本拠地、ロッテルダムで決勝戦を戦うことになった。

 相手はドルトムント。ドイツとオランダは、第2次世界大戦で敵対関係にあった間柄だ。ドイツはロッテルダムの町を、焼け野原にした過去がある。この地にアウェー観戦に訪れるドイツ人は、いい度胸をしている。オランダ人はそう言った。

 デ・カイプは実際、殺気に溢れていた。スタンドは発煙筒がバンバン炊かれ、ドルトムントサポーター席のド真ん中に、フェイエノールトサポーターが発煙筒を投げ込むなど、美しくも危険な状態に陥っていた。

 このスリルは、デ・カイプ内だけでは収まらなかった。フェイエノールトが優勝した試合後、狂乱は街中に移動。朝方の5時ぐらいまで続いた。危ないと言ったらなかった。筆者は警官隊の影に隠れながら、やっとの思いでホテルに駆け込んだ。これまでサッカーで味わった危険の中でも、何本かの指に入る出来事だった。

 そして10階の部屋に戻ると、街中の騒動を窓辺から俯瞰できた。対岸の火事は綺麗だと言うが、安全ゾーンから眺める警官隊と、アルコール度120%に染まっているファンとの攻防は、まさにそんな感じで、幻想的な光景そのものだった。