毎週1000キロを母が送り迎え。ジョアン・フェリックスの少年時代

  • ジョゼ・カルロス・フレイタス●文 text by Jose Carlos Freitas
  • 竹澤 哲●翻訳 translation by Takezawa Satoshi

 ジョアン・フェリックスは1999年11月10日、ポルトガルの内陸部にあるヴィゼウという街で生まれた。人口10万人にも満たないが、田舎でも大都会でもないほどよい環境から、ポルトガルの中でも最も生活しやすい場所と言われている。

ポルトガルの未来を担うジョアン・フェリックスに、世界の注目が集まっている photo by Getty Imagesポルトガルの未来を担うジョアン・フェリックスに、世界の注目が集まっている photo by Getty Images また古い歴史を持った街であり、ポルトガルという国が生まれるよりも前から存在していた。紀元前2世紀、この地に住んでいたルシタニア人に対し攻め込んできたローマ軍を、度々破った指導者・ヴィリアトゥスは、この街でも英雄とされ、ヴィゼウには彼のブロンズ像が存在する。

 ヴィゼウ出身の有名なスポーツ選手には、カルロス・ロペスがいる。1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックのマラソンで、大会記録で金メダルを獲得。そして翌85年には2時間7分12秒で当時の世界記録も樹立した。またサッカー選手では、かつてルイス・フィーゴやルイ・コスタと共に黄金世代と呼ばれた選手のひとり、パウロ・ソウザがいる。

 そして今、この街の出身者として大きな注目を集めている若者こそが、ジョアン・フェリックスだ。

 19年夏に、ベンフィカからアトレティコ・マドリードにクラブ史上最高額の移籍金1億2600万ユーロ(約152億円)で移籍。それはクリスティアーノ・ロナウドに対してレアル・マドリードが支払った金額を超える、ポルトガルサッカー史上最高額の移籍金でもある。そして11月には、イタリアのトゥットスポルト誌が主催する、ヨーロッパでプレーする21歳以下の最優秀選手に贈られる2019年度ゴールデンボーイ賞に選ばれている。

 ジョアン・フェリックスの両親であるカルロスとカルラは、ふたりとも体育の教師であった。母カルラは「ジョアンが歩くようになってから常に足下にはボールがあった」と話す。父のカルロスはジョアンにボールを与えたのだが、ジョアンは父に連れられて、よく祖母の家に遊びに行った。そしてこの祖母マリーナこそが、ジョアンの最初の指導者となった。

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