2019.10.18

セレソンの呪い? ブラジル代表歴代
主将を次々に襲う不運と不幸の連鎖

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳translation by Tonegawa Akiko

 カタールW杯を目指すブラジルは10月、シンガポールでセネガル、ナイジェリアと親善試合を行なった(結果はともに1-1)。ブラジル代表のキャプテンはダニエウ・アウベス。6月のコパ・アメリカを前に、その座を追われたネイマールに代わると、今ではキャプテンマークを巻いた姿もおなじみになった。

 世界で唯一、21回のW杯全大会に出場し、優勝回数は最多の5回。W杯という大舞台でセレソン(ブラジル代表)を率いるキャプテンは誰もが憧れる存在だろう。しかし、その経歴があまりにも輝かしすぎるためか、その後、苦労を味わう者が少なくない。それは単なる偶然なのだろうか。

ブラジル代表をキャプテンとして率いるダニエウ・アウベス photo by Allsport Co./Getty Images  1938年フランスW杯。チームのスターはレオニダスだった。そのクオリティの高さから「黒いダイヤモンド」とも、柔軟なことから「ゴム人間」とも呼ばれた。この大会のポーランド戦では裸足でゴールを決めている。試合中にシューズが壊れ、新しいシューズがピッチに届くのを待っている間にも彼はプレーを続け、ゴールを決めたのだ。

 ブラジル代表キャプテンの偉大な歴史は彼から始まった。当時を知る多くの人が、「実力はペレよりも上だったのではないか」と言っている。そして彼は、成功を収めた初の黒人サッカー選手でもあった。しかし人種差別は常についてまわり、晩年は貧困に苦しんだ。

 ブラジルが3度目の優勝を果たした1970年メキシコW杯では、キャプテンの中のキャプテンが生まれる。カルロス・アルベルト・トーレス。彼は当時、大スターだったペレにものを言える唯一の存在だった。サントスでもNYコスモスでもブラジル代表でも、彼はキャプテンとして常にペレの傍らにいた。

 だがその後、トーレスは多くの困難に見舞われた。ひとつにはその歯に衣を着せぬ言動のせいだろう。現役を引退すると、彼はペレのことを「偽善者」と非難した。約束していながら、ペレが引退試合に来なかったからだ。

 引退後は監督になったが、常に多くの非難にさらされている。その歯に衣を着せぬ言動は有名で、しばしば波紋をもたらした。