内田篤人とシャルケ、相思相愛の7年間。退団セレモニーは盛大だった (4ページ目)

  • 了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko photo by AFLO

 ステフェンスが就任し、太ももの負傷が癒えた頃、内田は「俺、苦しい時に苦しいって言えないんだよな。言えるやつって強いと思う」と言っていた。今にして思えば、この頃の苦しみなど、たいしたものではない。だが、プロ入り以降、順風満帆にきていた内田にとって、負傷やベンチ外といった事態に戸惑いを感じた時期だった。

 シャルケでの2シーズン目、右サイドのファルファンと内田のホットラインは、早くもファンから愛され始めていた。彼らがいないとき、練習見学に訪れたファンから「内田とファルファンがいればよかったのに」と、嘆く声を聞かされることもしばしばだった。

 このシーズン、シャルケはヨーロッパリーグ(EL)に出場。ベスト8でビルバオに敗れたが、前シーズンに戦ったCL の刺激がよほど強かったのだろう。「ELって何のためにあるの?」と、聞いてくるなど、モチベーションはそれほど上がらなかったようだ。
(つづく)

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