2017.09.14

「ウッシー、腱がないじゃん」状態
からの復活。内田篤人、激動の7年

  • 了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko photo by picture alliance/AFLO

内田篤人とシャルケの7年(後編)

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 2012~13シーズンのシャルケは、前のシーズンから引き続きフーブ・ステフェンス体制でスタートした。だが、前半戦最後の第17節を前に、成績不振でステフェンスは解任。シュツットガルトからイエンス・ケラーを迎えることになる。内田篤人にとっては今回のウニオン・ベルリン移籍へと繋がる出会いだった。

デュッセルドルフ戦に途中出場、ウニオン・ベルリンでのデビューを果たした内田篤人 2012~13シーズンの前半戦、内田は前シーズンに負った右太もも裏のケガの影響で、2度ほど短期間の離脱をしていた。そして年が明けた第21節から第24節まで、3度目の離脱。それまでは治療のめどが曖昧なままチームを離れ、思ったより早く復帰できていた。しかし、このときは右太もも裏が古傷化することを避けるため、きっちりと復帰までの計画を立て、「復帰するなら100パーセントの状態で」と、完全にチームを離脱した。

 個人で契約するトレーナーとともに2013年3月10日のドルトムントとのダービー戦を目指したことが奏功し、その試合では2アシストを記録している。ゴールを決めたのはエースのクラース・ヤン・フンテラール。試合前の散歩でフンテラールと相合傘になり、「今日は俺を見ろって言われていたんだよね」と話していた。