2016.11.16

イブラヒモビッチ、ポグバ、バロテッリ…
移籍劇を操る大物代理人の実像

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper  森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 幼い「ミノ」は、やがてウェイターの服を着て、店で働くようになった。この仕事は、彼がもともと持っていた会話の才能に磨きをかけた(今のライオラは普通の人の2倍速く話す)。

 ミノは客にどんなものを食べたいか尋ね、それぞれに合わせたメニューを考えた。常連客が離婚することが決まると、小さなミノは話をとことん聞いた。

 このビジネスモデルは結果を出した。ライオラによれば、一家が経営するレストランは11軒にまで増えた。

 ライオラは父よりオランダ語がうまかったから、10代のときには父に代わって銀行と交渉したり、ハールレムの市長に会いに行ったりしていた。彼はイタリア語も(少なくともナポリの方言は)上手に話せた。ある客がイタリアの業者とうまくいっていないと言ってきたら、ライオラが出て行って解決した。彼はオランダ企業がイタリアで商売するのを支援する会社「インテルメッゾ」も立ち上げた。

 その一方で、ライオラは19歳のときに地元のマクドナルドの店を買収し、それを不動産会社に売却して、億万長者になった。それ以後は金で動くのはやめたと、ライオラは言う。自由になるわずかな時間に情熱をかたむけたのはフットボールだった。