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【Jリーグ】ジーコはいつも全身でゴールの歓喜を表現した 「全力でプレーしなければ、サッカーに対しても礼を欠くことになってしまう」 (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Kei Totsuka

【身体は確実にシェイプされていった】

 住友金属が属するJSL2部は、記者会見からおよそ4カ月後の9月に開幕した。JSLはこのシーズンで終了することになっており、サッカー専門誌もスポーツ紙もブラジルから帰国2年目のカズこと三浦知良を擁する読売クラブ、守備陣を中心に日本代表を揃える日産自動車を追いかけていった。我が専門誌もJSL2部に十分なスペースを割くことはできないものの、カメラマンは定期的に住金の試合を撮影していた。

 フィルムに焼きつけられた彼の姿を、追いかけていった。身体は確実にシェイプされていった。プレー中のフォームが美しい。パスも、シュートも、直接FKをインパクトする瞬間も......。1981年のトヨタカップでフラメンゴを世界一のクラブへ導いたあの姿が、スペインワールドカップで世界を魅了した背番号10が、記憶のなかで次々に立ち上がっていった。

 ワールドカップで優勝することはできなかったものの、ブラジルの歴史に残るスーパースターである。ピッチから離れていたとしても、38歳になっても、極東の2部リーグで明らかな「違い」を見せつけることは、難しくなかったはずだ。

 住友金属工業鹿島製鉄所内のグラウンドへ、僕自身も足を運んだことがある。サッカー関係者、事業所の従業員とその家族らが見つめる景色は、リオのマラカナンにも、東京の国立競技場にも遠く及ばない。そんな環境でジーコがプレーしていることに戸惑いを覚えたものだが、本人は気に留めることもない。ワールドカップと変わらない熱量が、全身を駆け巡っていた。全力で「違い」を見せていたのだった。

 ジーコと日本サッカーとの関係は、長く、長く続くことになる。日本代表の監督を務めていた4年間は、定期的と言えるくらいの頻度でインタビューをさせてもらった。たくさんの時間を共有して、記事には掲載されないエピソードもICレコーダーに収められている。

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