サッカーの「VARが長い」問題 誤審の歴史を知るベテランライターが指摘「はっきりとした、明白な間違い」を防ぐためにあるべき (4ページ目)
【ルールやプロトコルは見直したほうがいい】
20世紀のうちから、多くの競技でビデオ判定が導入された。大相撲では、なんと1969年から導入されている。
しかし、FIFAはずっとビデオ判定導入に消極的だった。そのFIFAがようやく重い腰を上げたきっかけとなったのが、2010年南アフリカW杯のドイツ対イングランド戦での誤審だった。フランク・ランパードのシュートがクロスバーをたたいて明らかにゴール内でバウンドしたのに、審判団はノーゴールと判定した。
批判が高まり、FIFAはビデオ判定とゴールライン・テクノロジーの導入に動いた。
まさに「はっきりした、明白な間違い」だった。VARというのは、本来はこういう誤審を防ぐためにあるもののはずだ。
「はっきりとした、明白な間違い」は、W杯史上だけでもいくらでも思い出すことができる。
1986年メキシコ大会でディエゴ・マラドーナはイングランドのGKピーター・シルトンとの競り合いで手を使ってゴールを陥れた(僕は目の前でこれを見た)。4年後、イタリア大会のソ連戦で、マラドーナは今度はゴール前で手を使って相手のシュートを防いだ。そして、どちらも主審が見逃した......。
1966年イングランド大会決勝戦。ジェフ・ハーストのシュートがクロスバーの下をたたいて跳ね返ったが、あれは本当に入っていたのか......。少なくとも、ランパードのシュートよりはきわどかった。
1974年西ドイツ大会決勝戦。ベルント・ヘルツェンバインがPKを獲得して西ドイツが同点に追いついたが、あれはシミュレーションではなかったのか......。
いくつもの「はっきりとした、明白な間違い」が、世界のサッカー史を作り上げてきたのである。
誤解のないように言っておくが、これは現場の審判員に対する批判ではない。彼らは決められたプロトコルに従って最大限の努力をしてくれている。
僕が言いたいのは「ルールやプロトコルを見直したほうがいいんじゃないか」ということだ。
著者プロフィール
後藤健生 (ごとう・たけお)
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。
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