選手、監督として鹿島アントラーズに在籍したジョルジーニョが古巣の9年ぶりの優勝に祝辞「アリガトウゴザイマシタ!」 (3ページ目)
【リーグ優勝の記憶】
――1996年、鹿島は横浜フリューゲルス、名古屋グランパスと優勝を争い、Jリーグで初優勝しました。
「あの年は、途中でレオナルドが去ったとは言え、マジーニョが好調だったし、日本人もクロサキ(黒崎久志)、ハセガワ(長谷川祥之)、僕の中盤の相棒だったホンダ(本田泰人)、すばらしい両SBのソウマ(相馬直樹)とナラハシ、アキタ(秋田豊)、オクノ(奥野僚右)らがいた。ものすごくクオリティーの高いチームだったよ。
僕らはホームでの第29節名古屋グランパス戦に4-2で勝ち、実質的に優勝を決めたんだ。次の最終節でヴェルディ川崎に16点差以上の大差で負けない限り、優勝できたのだから。スタジアム、そして鹿嶋の街を包むあの歓喜......。鹿島の悲願達成は、僕の人生に刻まれたよ」
――2度目のJリーグ優勝を遂げた1998年は、シーズン途中にジョアン・カルロス監督が去り、関塚隆さんが代行監督を務め、ゼ・マリオが正式監督として招聘された後も苦しい時期を過ごしました。あの困難を、チームはどう乗り越えたんですか?
「ゼ・マリオの就任当初、チームに好不調の波があったのは当然だ。日本のサッカーを理解し、選手を知り、適材適所に配置してトレーニングを積ませるまで、ある程度の時間がかかるものだから。
でも、僕らは常に話し合いをした。選手同士で話し、それをゼ・マリオに伝え、試合中に起きた問題を共有した。そして練習方法から変えて、チームの歯車が合った時、僕らはあの13戦不敗を達成した。そうやって勝ち点を積み重ね、優勝に到達したんだ」
――ほかにも心に刻まれた試合や場面はありますか?
「人生で初めて、試合に負けた時に、あの場にいられて良かったと思えた一戦がある。1997年のファーストステージで優勝する前の第14節、ホームでの清水エスパルス戦だ。僕らは思うようにプレーできなかった。それでもサポーターは声援を送り続け、試合後も拍手喝采してくれたんだ。
サポーターは僕らが闘志を持ってプレーしたことを理解してくれた。そして、共に戦ってくれたんだ。だから感動してチームメイトたちに言ったよ。『これが鹿島だ!』と」
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