【Jリーグ】森島寛晃「ガンバだけには絶対に負けたくなかったのに...」 セレッソの悲劇にさらなる追い討ち (2ページ目)
【最終節が大きな分かれ道になった】
優勝を逃したことに加え、同じ大阪のライバルチームにタイトルを譲り渡したことも、セレッソの悲劇にさらなる追い打ちをかけた。
「それも悔しかったですよ。ガンバのほうが先にJリーグにいて、セレッソがJリーグに上がった時に、周りから『大阪にJリーグのチームはふたつもいらないんじゃないか』と言われました。セレッソの名前もなかなか覚えてもらえなかったり、そういう悔しい経験をしてきたので、『ガンバだけには絶対に負けたくない』っていう思いをずっと持ちながらやっていました。
それは僕だけじゃなくて、ほかのチームメイトもそうですし、アカデミーの選手たちにもそういう意識はあったと思います。絶対に負けられない相手に先を行かれてしまったという悔しさは当然ありますよ」
ガンバはこの初優勝を機に、強豪クラブへの道を歩んでいった。一方のセレッソは翌年に降格を味わうと、3年間のJ2生活を経験。2014年にも再び降格するなど、浮き沈みの激しい歴史を辿っている。
「ガンバはあそこで優勝して、そこから数々のタイトルを獲るようなチームになっていきました。だから今思うと、あそこはセレッソにとっても、すごく大事な局面だったんですよ。あそこで獲るか、獲れないかで未来が変わっていたかもしれない。その意味ではあの最終節が、大きな分かれ道になったんだと思います」
たしかにあれは、悲劇だった。しかし、運だけでは片づけられないものがあるのも、またたしかだろう。勝ちきれなかった原因があるとすれば、セレッソにはいったい何が足りなかったのか。
「あと少し守り抜けばよかったということを考えれば、試合の締め方だったり、時間を使うずる賢さといった部分は、勝つために必要だったと思います。綺麗じゃなくても、勝ちきるための戦い方というものができなかったんでしょうね。
最後の最後に相手に隙を与えてしまったわけで、少なくとも勝つための意識の徹底ができていなかったとも思います。もう1点を取って仕留めきることもできなかったわけで、みんな一生懸命戦いましたけど、勝負へのこだわりが足りなかったのかもしれないですね」
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