迷いなくJリーグ入りを決意したジャン・クルード 未知の横浜で今やチームの人気者に
横浜F・マリノス ジャン・クルード インタビュー 第3回
今のJリーグでは、さまざまな国からやってきた多くの外国籍選手がプレーしている。彼らはなぜ、日本を選んだのか。そしてこの国で暮らしてみて、ピッチの内外でどんなことを感じているのか。今回は横浜F・マリノスのトーゴ代表MFジャン・クルードに、日本にたどり着いた経緯や、この国の印象を聞いた。
【ACL決勝を観て横浜に興味を抱いていた】
2024年6月、ウクライナでのシーズンを終えてトーゴに帰国していたジャン・クルードのもとに、エージェントから1本の電話が入った。
「ジャン、大事な話がある。すぐに折り返してほしい」
個人練習を終えて帰宅したばかりだったジャンは、「何の話だろう?」と訝(いぶか)しみながら電話をかけた。
視線をまっすぐにカメラに向けるジャン・クルード photo by Shogo Murakami
「オファーがあるんだ。君がどう思うかはわからないけれど......」
思わせぶりなエージェントを、ジャンは「早く教えてくれ。何も問題ないから」と急かす。
「そのオファーは、日本のクラブからのものなんだ」
ジャンはまったく予想していなかった場所から舞い込んできたチャンスに驚いた。アフリカで育ち、中東や東欧でプロサッカー選手としてのキャリアを積んできた20歳の若者にとって、東アジアの日本は行ったことも見たこともない未知の国だった。
そのオファーの送り主が横浜F・マリノスだった。ジャンは迷わなかった。
「昨年の夏はヨーロッパのいくつかのクラブが自分に関心を示してくれて、実際にオファーもあったから選択肢には困っていなかった。家族は『ジャン、ここに行きなさい』とか、『そこが君にとって最善の場所だ』とか、口々に言ってきたけれど、結局のところ彼らが重視していたのはお金のことだった。そんなタイミングでF・マリノスが獲得に動いてくれた。これはいいチャンスだと思ったよ。なぜならアジアのビッグクラブだと知っていたからね」
ジャンがF・マリノスを知るきっかけとなったのは、2024-25シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝だった。対戦相手だったアル・アインはアラブ首長国連邦(UAE)のクラブで、同国内のアル・ナスルでプレーしていたジャンはF・マリノスとの決勝に強い関心を持っていた。
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