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【Jリーグ】ストイコビッチを支えた名CBトーレス 名古屋ベンゲルの「ゾーンディフェンス」をもっとも理解していた (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

【ベンゲルが起用し続けた理由】

 当時のJリーグは、外国籍選手の出場枠が「3」だった。4人の誰かがメンバー外になるのだが、トーレスはピクシーとともに不動のレギュラーとしてピッチに立っていく。

 父のカルロス・アウベルトは、1970年のメキシコワールドカップ優勝メンバーだ。イタリアとの決勝戦で、ペレのアシストから豪快な右足シュートを決めたレジェンドである。サッカー王国ブラジルでも選りすぐりの血統を持つトーレスは、1990年代前半のブラジルを代表するCBのひとりだった。そのプレーを映像でチェックしたベンゲルは、すぐに獲得を決めたと言われている。

 父がキャリアの晩年をアメリカで過ごしたため、トーレスは英語を話すことができる。ベンゲルとも、ピクシーとも、通訳を介さずにコミュニケーションをとることができた。指揮官のゲームプランを素早くプレーに反映していった一因である。

 ベンゲルは「ゾーンディフェンスの適任者」と評した。「全員が連動する」「ユニットとして動く」といった言葉が繰り返し強調されていくなかで、トーレスのラインコントロールが全体をコンパクトにした。ハイラインをベースとしながら、状況に応じてラインの設定位置を変えていく。そうした作業を繰り返すことで、相手攻撃陣が使いたいスペースを削り取っていく。

 彼自身も「ポジショニングには自信がある」と話したものである。「だからといって、自分で決めるわけではない」と、すぐにつけ加えるのも忘れない。「グランパスは組織的に戦っている。あくまでもユニットとしての動きのなかで、自分のポジションは決まってくる」と強調した。

 それこそは、ベンゲルがトーレスを獲得し、起用し続けた最大の理由だっただろう。その時々で降りかかる問題を解決できる「個」の力を持ちながら、ディフェンスリーダーとして日本人選手と強固な連係を築いていったのである。

 自らを「スピードがあるタイプではない」とも話していた。だが、スピード不足を感じさせた場面はほぼない。自身の長所だと話すポジショニングと、ピンチを未然に防ぐ危機察知能力が、そのプレーをスキのないものにしていた。

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