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それでも「ワールドカップ優勝」を目指すサッカー日本代表に、セルジオ越後は「根拠がなさすぎる」「謙虚にベスト8を目指すべき」

  • 渡辺達也●構成 text by Watanabe Tatsuya

セルジオ越後の「新・サッカー一蹴両断」(17)

ケガ人続出の苦しい台所事情はあったにしても、本職ではない長友のCB起用など、森保監督の采配には疑問が残った photo by MEXSPORT/AFLO ケガ人続出の苦しい台所事情はあったにしても、本職ではない長友のCB起用など、森保監督の采配には疑問が残った photo by MEXSPORT/AFLO

 来年の北中米ワールドカップに向けてアメリカ遠征を行なったサッカー日本代表。DF陣にケガ人が多く、ベストメンバーを組めない難しさがあったとはいえ、メキシコ、アメリカ相手に1分け1敗、しかも無得点と、期待外れな結果に終わった。ご意見番のセルジオ越後氏はその戦いぶりをどう見た?

【最大の収穫は、選手層の薄さがわかったこと】

 カタールワールドカップからの3年間、いったい何をしてきたのか、というのが率直な感想だ。アジアでは勝てても、相手のレベルが上がると勝ちきれないね。

 初戦のメキシコ戦(△0-0)の前半、日本は前線からのハイプレスでペースをつかんだ。ボールをしっかりつなごうとしていたメキシコは明らかに戸惑っていた。狙いは悪くなかったと思う。でも、結果的には、その元気な時間帯に得点を奪えなかったのが痛かった。

 後半に入り、だんだん運動量が落ちてプレスがきかなくなると、逆にメキシコペースになり、何度か危ない場面をつくられた。当たり前だけど、プレスを90分間かけ続けるのは無理。ペース配分、流れを変える選手交代などもう少し工夫がほしかった。

 続くアメリカ戦(●0-2)は、メンバー11人全員を入れ替えて臨んだからか、前からのプレスがメキシコ戦のようにハマらず、ロングボールとドリブルで勝負する相手にいいようにやられてしまった。実際、2失点とも日本の右サイドをドリブルで崩された形だった。GK大迫敬介の活躍がなければ、5、6点取られてもおかしくなった。

 一方で攻撃は横パス、バックパスばかりで形をつくれず、後半の3バックから4バックへのシステム変更も功を奏さなかった。

 この2試合での最大の収穫は、選手層の薄さがわかったこと。誰が出ても主導権を握る試合ができたアジア予選で、先発メンバーを固定して戦ってきた弊害とも言える。

 まず、ケガ人が続出している最終ライン。どんな相手でも日本の守備はある程度の計算が立つ。僕は今までずっとそう言ってきた。でも、今回は冨安健洋、伊藤洋輝、町田浩樹、高井幸大をケガで招集できず、さらにメキシコ戦で板倉滉が負傷。さすがにアメリカ戦はバタバタしていたね。

 ただ、森保一監督が苦しいのはわかるけど、本職がサイドバックの関根大輝、長友佑都を3バックのセンターバックとして起用したり、本職がセンターバックの瀬古歩夢を4バックの左サイドバックとして起用したり、その采配は意味がわからなかった。来年のワールドカップ本番までまだ時間があるとはいえ、心配な状況だ。

 ボランチも遠藤航頼みが露呈した。彼が出場しなかったアメリカ戦では、前線でのプレスをはがされると、簡単にペナルティエリア近くまでボールを運ばれていた。遠藤がいないと中盤の守りがあまり機能しなくなる。この試合に先発した藤田譲瑠チマ、佐野海舟のふたりは物足りなかった。個人的には、パリ五輪でいいプレーを見せていた藤田への期待が大きかったんだけど、ちょっと伸び悩んでいるのかな。

 2試合で無得点に終わった攻撃陣も、アジア予選時より個々の状況がよくない。なかでも気になったのは、日本の武器の両ウイング。三笘薫は持ち味とするドリブルで仕掛ける機会が減った。プレースタイルを変えようとしているのか、ベンチからの指示なのかはわからないけど、相手からすれば怖さがないし、見ていてワクワク感がなかった。

 また、伊東純也は32歳という年齢からくる衰えなのか、以前のようなタテの突破を見せられなかった。前田大然に関しては、そもそもウイング起用に無理があった。彼のスピードを生かすなら、もっとスペースのあるポジションで使うべきだ。サイドで窮屈そうにしていて、気の毒だった。

 ウイングは攻守の役割が多く、運動量の求められるポジションだけに、計算できる選手が複数いないと困る。今回招集されなかった中村敬斗が戻ってこないと、今後も苦しい状況が続くかもしれない。カタールワールドカップでは、三笘がスーパーサブとして大活躍したけど、今のチームにはそういう切り札的な選手が見当たらないね。

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著者プロフィール

  • セルジオ越後

    セルジオ越後 (せるじお・えちご)

    サッカー評論家。1945年生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。17歳の時に名門コリンチャンスのテストに合格し、18歳の時にプロ契約を結び、MF、FWとして活躍した。「エラシコ」と呼ばれるフェイントを発案し、ブラジル代表の背番号10を背負った同僚のリベリーノに教えたことでも有名。1972年に日本リーグの藤和不動産(湘南ベルマーレの前身)から誘いを受け、27歳で来日。1978年から日本サッカー協会公認の「さわやかサッカー教室」で全国を回り、開催1000回以上、のべ60万人以上を指導した。H.C.日光アイスバックスのシニアディレクター。日本アンプティサッカー協会最高顧問。公式ホームページ【http://www.sergio-echigo.com】

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