プロ20年目の都倉賢のサッカー人生を変えたふたつのターニングポイント「プロ初ゴール」と「移籍先なき海外挑戦」

  • 高村美砂●取材・文 text&photo by Takamura Misa

ベテランプレーヤーの矜持
~彼らが「現役」にこだわるワケ
第4回:都倉 賢(いわてグルージャ盛岡)/前編

今季、J3のいわてグルージャ盛岡に加入した都倉賢今季、J3のいわてグルージャ盛岡に加入した都倉賢この記事に関連する写真を見る  都倉賢が2005年に川崎フロンターレでスタートしたプロキャリアは、今年で20年目。Jリーグで積み上げた試合出場数は、カップ戦を含めて450試合を超えた。それでも今シーズンから籍を置く、自身初のJ3クラブ、いわてグルージャ盛岡で過ごす日々は毎日、新しい発見の連続だという。

「環境だけを切り取ったら、これまで在籍したJ1、J2のクラブに比べて正直、ないものだらけなんですよ。でも、今日の練習を見てのとおり、すごく天気もよくて、青空が広がって、9時半から仲間とサッカーができる幸せは、ここにもちゃんとある。むしろ、ないものだらけの環境に来たからこそ、そういう部分が浮き彫りになって、サッカーを楽しむという原点に立ち返れているし、その部分にフォーカスして過ごせています」

 そんな話を聞いた取材から3日後の天皇杯1回戦、北海道十勝スカイアース戦。都倉は今シーズン2つ目のゴールを決めた。

「キャリアを思い返しても、こんなに綺麗に右足で決めたのは初めてかも。日々成長ですね」

 だからサッカーは楽しい、と目を輝かせた――。

 37歳で挙げたビューティフルゴールとは対照的に、都倉がプロ4年目に挙げたプロ初ゴールは、自身も驚くほど手応えがない、偶発的に生まれたものだったという。公式戦での経験を積み上げるべく、川崎からJ2のザスパ草津(現ザスパクサツ群馬)に期限付き移籍をした2008年の話だ。

「当時のフロンターレには同じポジションに、フッキ、ジュニーニョ、我那覇和樹さん、鄭大世さん、黒津勝さん、という錚々たるFW陣が在籍していて。僕自身は3年半の間に、J1リーグには5試合くらいしか絡めなかったけど、サテライトリーグや練習試合ではそれなりに結果を残せていた。だからこそひとつ下のカテゴリーなら、違いを見せられると考えていました。

 なのに、いざ公式戦になると、ことごとくポストに嫌われるなどして、とにかく点が入らなかったんです。その時に、人生で初めてどん底まで落ち込んで。自分でもこんなに弱気になることがあるんだなって驚くほど、沼にハマり込んでしまった。家に帰っても何もする気になれず、真っ暗な部屋で毎日ボ〜ッとしていました」

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