町田ゼルビアのオ・セフンが欧州ではなくJリーグを選んだ理由 将来は「韓国代表でプレーしたい」 (2ページ目)

  • 吉崎エイジーニョ●取材・文 text by Yoshizaki Eijinho

【町田での日々に感謝して、しっかり結果を出す】

 ピッチ外の風景で「感動」を覚えることも多かった。

「道にあまりゴミが落ちていないこと。違法駐車している車が少ないこと、運転中にクラクションを鳴らす人が少ないこと。そういったことですね」

 その秩序に驚いたのだった。

 しかし、肝心のピッチでは苦しい時間が続いた。清水エスパルスでの1年目は13試合1ゴールに終わる。J2で戦うことになった翌2023年シーズンは、4月から秋葉忠宏監督体制に変わったが状況は好転せず、ほとんどが途中出場での25試合2ゴール。シーズンのクライマックスだった東京ヴェルディとの昇格プレーオフではベンチ外となった。

「出場機会を与えられ、チャンスはあったのに、それを簡単に逃してしまっていました。自分のプレーも相手に簡単に読まれてしまい、味方選手だけでなく監督の信頼も失っていました。つまりは外国人としても、ストライカーとしても役割を果たせなかった。ゴールを決められないのだから、試合に出られないのは当然だったと思います」

 この年、J2リーグで戦う日々のなかで、5月21日と8月19日の2度、町田と対戦した。苦しい日々のなかで、その相手チームのサッカーに感じるところがあったのは確かだ。

「自分はこちらのサッカーのほうがフィットするのでは、と感じるところはありました。レンタル移籍のオファーをいただけた際には『前線でターゲットになれる選手が必要』と声をかけていだきました」

 そうやって、オ・セフンは現在のJ1上位クラブの最前線を担う日々に至る。突出した能力を発揮していた10代があり、その後の挫折と決断を経て掴んだ日々だ。

 もちろん、安泰の日々ではないことも理解している。昨季のJ2でのチーム躍進に大きく貢献したエリキ、ミッチェル・デュークといった他の外国人選手が控えている。実際インタビュー時に「不動のポジションを得ているオ・セフンさんにお話を...」と切り出すと「いえいえ」と否定した。「ゴール数だけを見られていたら、もう使われてなくても不思議ではない」とも。

オ・セフンは「町田での日々に感謝して、しっかり結果を出す」と語った photo by Kishiku Toraoオ・セフンは「町田での日々に感謝して、しっかり結果を出す」と語った photo by Kishiku Toraoこの記事に関連する写真を見る 望んだJリーグでの日々と、最初のクラブでの失敗。ここ町田で、一つ一つの試合で結果を残し続けてこそ道が拓ける。その先にあるものとは何なのだろう。「最終的な目標は?」と聞くとこんな返事が返ってきた。

「まずは町田での日々に感謝して、しっかり結果を出すこと。そしてヨーロッパに行くこと。最終的には大韓民国の国民として、もっとうまくなりたい。大韓民国のために、いい選手になって代表としてプレーするのが一番大きな目標ですね」

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