小笠原満男のFKで決着 Jリーグ30年で忘れられない鹿島アントラーズとジュビロ磐田の名勝負

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • photo by Getty Images

【出来事や因縁が絡み合ったゲーム】

 とはいえ、Jリーグ30年の歴史においてこの一戦が印象深いのは、単におもしろい試合だったというだけでなく、その前後の出来事や因縁といったものがいろいろと絡み合った、(特に負けた磐田にとって)マイルストーンとでも言うべき試合だったからだ。

 1999年にファーストステージ優勝からのチャンピオンシップ制覇で、J1年間優勝を果たした磐田は、しかし、翌2000年は年間4位に終わっていた。同年にレバノンで開催されたアジアカップ(日本は優勝)に名波浩、奥大介、服部年宏、高原直泰、同じくシドニー五輪(日本はベスト8)には高原、西紀寛と、5選手を国際舞台に送り出すほど充実の戦力を擁していたにもかかわらず、である。

 それだけに目の色を変え、覇権奪回に燃えていた磐田は2001年、まずファーストステージを13勝1敗1分けという他を寄せつけない強さで制覇。続くセカンドステージでも、13勝2敗という圧倒的な成績を残した。

 ところが、磐田の両ステージ完全制覇はならず。セカンドステージでは、鹿島の勝ち点が磐田を上回ったからだ。

 磐田が4位に終わった2000年に、セカンドステージ優勝からのチャンピオンシップ制覇で年間優勝を果たしていた鹿島は、連覇を狙った2001年、ファーストステージでは大きく出遅れ、まさかの11位に沈んでいた。

 しかし、これで終わらないのが常勝軍団と称される所以である。

 セカンドステージでは3位以下を大きく引き離し、磐田とのし烈なマッチレースを繰り広げると、わずか勝ち点1の差でライバルを振り切り、チャンピオンシップ進出のキップを獲得。勝敗数では磐田と同じ13勝2敗だったが、当時はリーグ戦でも延長戦があり、90分での勝利がひとつ多かった鹿島が、セカンドステージを制したのである(90分勝利は勝ち点3、延長戦勝利は勝ち点2)。

 結果的に、この接戦を制したことが2連覇となる年間優勝にまでつながるのだから、鹿島にとっては大きな大きな勝ち点1だった。

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