家本政明がJリーグで忘れられない名勝負。レフェリーでも「思わず声が出てしまった」劇的展開の試合とは? (2ページ目)

  • 篠 幸彦●取材・文 text by Shino Yukihiko
  • photo by Getty Images

J1にまったく引けを取らない好ゲーム

2016年7月24日/J2第25節 
ジェフユナイテッド千葉 3-4 清水エスパルス

 この年は前年に清水が初めてJ2に降格し、1年でのJ1復帰を目指していて、千葉も今年こそはというところです。シーズンのなかで重要な試合はいくつかあると思いますが、互いにとってこの試合はまさにそんな位置づけだったのか、両チームとも気迫に溢れていました。

 展開としてはアウェーの清水が2点を先行して、その後、千葉の船山貴之選手が2点を取って同点。終了間際に長澤和輝選手が3点目を決めて千葉が勝つかと思われたところ、アディショナルタイムに清水が2点入れて4-3で劇的な逆転で勝利した試合でした。

 両チームとも運動量が豊富で、プレークオリティやインテンシティも高く、球際の激しさはあるけれど決して悪質ではなく、非常にフェア。カードもほとんど出ることもなく、互いの持ち味を存分に出しあった好ゲームでした。

 そのなかで唯一、レフェリング的に決定的な場面となったのが、79分の川口尚紀選手(当時は清水)の一発退場です。

 一発退場はチームにとって非常にダメージが大きく、拮抗したゲームではなおさらネガティブなインパクトが強くなります。レフェリーとしても、できるならせっかくの好ゲームを壊すようなカードは出したくないと思うものです。

 ただ、この時の川口選手のスライディングタックルは、スパイクの裏が相手のスネに入って、誰がどう見てもレッドカードでした。

 ここでタックルにいかなければカウンターを受けて決定機を作られる場面で、川口選手としてはいかなければいけなかった。笛を吹かれたあと、彼はうなだれていました。チームメイトもレッドカードが出れば激しく抗議するものですが、この時ばかりはひと言くらいで「しょうがない」という感じでした。

 清水は2点を追いつかれて、さらに1人少なくなる厳しい展開で、しかもアウェー。これは千葉に大きく流れが傾くなと思いましたが、そうはなりませんでした。

 清水は非常に落ち着いていて、冷静に1点取ろうという雰囲気。この年の清水には経験豊富で主軸となる選手が多かったのは、大崩れしなかった要因だと思います。そのなかでも存在感があったのは鄭大世選手です。

 彼はこの試合で2得点して、勝利に導く活躍をしました。もともとリーダーシップの能力に長け、劣勢のなかでチームを鼓舞できる選手で、あの状況で彼がチームにいたことは大きなアドバンテージだったと思います。

 こういう展開では勝ちたい気持ちだったり、J1への思いだったり、いろんな感情が複雑に溢れ出してパニックに陥るケースは珍しくありません。相手はもちろん、味方やレフェリーへの当たりも強くなり、プレーも雑になって、ゲームが荒れてしまうことも十分にあり得ます。

 それでも決して冷静さを失わず、最後まで中身が非常に詰まった純粋にフットボールを楽しめる試合でした。レフェリーをしていても非常にスリリングで、J1にもまったく引けを取らない好ゲームだったと記憶に残っている試合です。

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