2022.02.18

武田修宏からJリーグへのメッセージ。「クラブも選手も色・個性を追求してほしい」

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

Jリーグ2022開幕特集
武田修宏インタビュー(後)

――現在と30年前。何が違うと思いますか。

「当時のJリーグには、数多くの世界的な選手がいました。サルヴァトーレ・スキラッチ(ジュビロ磐田)というW杯(1990年イタリア大会)の得点王。ドゥンガというW杯(1994年アメリカ大会)で優勝したブラジル代表のキャプテン。レオナルド、ジョルジーニョ(鹿島アントラーズ)という同大会の優勝メンバーもいた。ピエール・リトバルスキー(ジェフ市原)、ドラガン・ストイコビッチ(名古屋グランパス)、もちろんジーコもいましたが、W杯には行けなかったけれども、そうした、それまでテレビで見ていた世界のトップクラスと一緒に試合ができたことはいい思い出です」

――アンドレス・イニエスタが7人も8人もいる感じでしたね。

「いいものを見た。間近で見せてもらったという感じですね。30年経って、時代が変わって、Jリーグは今、大変な時代に入ったと思います。海外の試合はほとんど見られますからね」

――Jリーグのレベルは上がったかもしれませんが、市場価値は下がっている。ロベルト・カルロスに1996年に話を聞いた際、「Jリーグという選択肢は、セリエA、スペインリーグ、プレミアリーグの次ぐらいだ」と、述べていました。
 
「さらに、当時はレベルが高い日本人選手は全員日本にいましたが、今は海外に行きますよね」

ヴェルディ川崎時代、独特の得点感覚でゴールを量産した武田修宏ヴェルディ川崎時代、独特の得点感覚でゴールを量産した武田修宏 この記事に関連する写真を見る ――今のJリーグに必要なものは?
 
「かつてはチームに色がありました。ヴェルディ川崎ならブラジル。横浜マリノスならアルゼンチン。ジェフ市原はドイツ、チームにキャラや個性、スタイルがありました。たとえば祖母井(秀隆)さんがいた頃のジェフ市原は、育成に重きを置いたスタイルを取っていました。

 現在なら、ヴィッセル神戸や浦和レッズは、選手を積極的に買うスタイルをもっと打ち出してもいいと思う。一方で、かつてのジェフ市原のように育てて売る育成型のクラブがあってもいい。育てるのか、買うのかも含めて、色を継続させてほしいと思います」