2022.02.14

イニエスタが語る、ニッポンへの愛。いつかは日本代表監督「イニエスタ・ジャパン」を夢見て

  • 宮崎俊哉●構成 text by Miyazaki Toshiya
  • photo by AFLO

Jリーグ開幕2022特集

 FCバルセロナを9度のラ・リーガ優勝、4度のUEFAチャンピオンズリーグ優勝、FIFAワールドカップ制覇など35のタイトル獲得に導き、スペイン代表としては自らのゴールで2010年ワールドカップ優勝を飾ったアンドレス・イニエスタ。

 だが、スーパースターにも"その日"は確実に近づいていた。

※『イニエスタ・ジャパン! 日本に学んだ 人生で大切なこと』(ぴあ刊)から

アンドレス・イニエスタが愛する日本について語ったアンドレス・イニエスタが愛する日本について語った この記事に関連する写真を見る 「私自身、パフォーマンスを落としているという感覚はありませんでした。体力や技術はもちろん、熱意も、努力も、何ひとつ衰えてはいませんでした。

 私はバルサのためにサッカー選手として、人間として、常に最善を尽くさなければならず、全力でそうしてきました。しかし、私には近いうちにそれができなくなるであろうことがわかっていました。

 ベストを尽くせない者は、バルサにいるべきではない。チームメイトの役に立ち、タイトルを獲得し続ける戦力でなければ、チームに残るべきではない。『もう私の時代は終った』と感じていたのです」

 イニエスタはチームを円満に去ることに全力を傾けながらも、ほかのヨーロッパチームに移籍してバルサと対戦することだけは絶対にしたくないと固く決めていた。そんな時に突然、ヴィッセル神戸の三木谷浩史オーナーからオファーが届いた。

「日本へ来て、ぜひプレーしてほしい。あなたがヴィッセルのユニフォームを着てプレーする姿が見たいのです。一緒にプロジェクトをはじめ、クラブの新しい未来を築いてください」

 日本? 神戸?

 イニエスタにはまったくイメージできない地名だったが、三木谷の熱さは伝わっていた。

「どんな条件のいいオファーよりも、クラブを率いるトップの確固たる信念や行動力、気配りに価値があることがあります。彼らのビジョンが私の頭の中にスーッと溶けていきました。ヴィッセルを日本の、そしてアジアのビッグチームに育て、さらには世界的なインパクトを与えられるクラブにするプロジェクト。私は子どものようにワクワクしました」