松井大輔、なぜフットサル選手に? 「最後は観客がいる中で引退させてくれ」 (4ページ目)
---- すばらしい人柄の会長さんですね。
「ええ、だからビン会長には本当に感謝しています。僕を呼んでくれたこともそうですし、サイゴンFCで日本化を進めてくれたこともそうです。いろいろな経験ができたのは会長のおかげだと思っています。
たぶん日本にいたら、平凡に毎日同じ生活を繰り返していたんだろうけど、でも、ベトナムでは鳩や魚が出てきたり、隔離されたりして、とにかく毎日が問題だらけ(笑)。海外でないと味わえない経験をたくさんできたことが、僕にとっては一番の財産であり、今回の収穫です。僕はこれまでも人と違う人生を生きているので、そういう意味でもベトナムに行って本当によかったと思っています」
---- YSCCの入団会見の時に引退も考えたと話していましたが、具体的に聞かせてください。
「まず、ベトナムに行くと決めた時から引退も視野に入れていました。とはいえ、最終的にはオファーがあるならまだ現役を続けたいと思っていますし、また自分がワクワクしながらサッカー小僧として自分を表現できる場所があるなら、それがどんな環境であっても挑戦したいと考えていたので、今回もフットサル挑戦の道を選びました。
でも、本当は『40歳で辞める』というのは決めていたんですよ。ところが、コロナのせいで辞められなくなった。やっぱりサッカー選手として、引退の時に観客がいないというのが、僕にとっては決定打でしたね。僕は観客のためにプレーしている部分もあるので、最後ぐらいは観客がいる中で引退させてくれっていう感じです(笑)」
---- これまでも思い描いたものとは違う方向に転がる経験をたくさんしてきたと思いますが、そんななか、なぜ自分は次の道を歩めているんだろうって考えたことはありますか?
「なぜでしょうね。当初は40過ぎでJ1の横浜FCで引退して、コーチ業などができればいいなって想像していたんです。でも、そう簡単には引退できなかったですね(笑)。
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