2021.01.18

オシムに激怒された坂本將貴の回顧。翌日告げられた言葉で真意を知った

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

「オシムの教え」を受け継ぐ者たち(1)
坂本將貴 前編

 今から18年前、ジェフユナイテッド市原(現千葉)の監督に、大柄なボスニア人指揮官が着任した。彼の名は、イビチャ・オシム――。1990年イタリアW杯でユーゴスラビア代表をベスト8へと導いた知将だった。

 鋭いプレッシングと、後方から選手が次々と飛び出していくアタッキングサッカーで旋風を巻き起こした"オシム・ジェフ"は、瞬く間に強豪チームへと変貌を遂げる。のちに日本代表監督も務めた指揮官は、ジェフの何を変えたのか。その教えは、ともに戦った男たちの人生にどんな影響を与えたのか。「日本人らしいサッカー」を掲げた名将の薫陶を受けた"オシムチルドレン"やスタッフたちに、2022年カタールW杯前年のいま、あらためて話を聞いた。

 第1回に登場するのは、現役時代にジェフでオシムから指導を受けた坂本將貴。名将と過ごした日々の思い出や、現在の自身のキャリアに与えた影響を語った。

2005年に、ジェフの監督としてナビスコ杯を制したオシム氏(中央) photo by Kyodo News2005年に、ジェフの監督としてナビスコ杯を制したオシム氏(中央) photo by Kyodo News ***

 現在、ジェフユナイテッド千葉のコーチを務める坂本將貴は、2003年から2006年7月までのイビチャ・オシム体制で、自身が欠場したゲームをはっきりと覚えていた。

「2004年のセレッソ大阪戦だけですよね」

 3年半の間に欠場したリーグ戦は、出場停止となった1試合だけ。それは、坂本の鉄人ぶりを証明すると同時に、いかにオシムからの信頼を得ていたかを示すものだ。

「オシムさんが代表監督になってから"水を運ぶ人"とか、"ポリバレント"といった表現が使われるようになりましたけど、振り返ってみれば、自分もそういったタイプの選手だったのかなって。点をたくさん取るような選手ではなかったですけど、チームのために走るとか、闘う部分は、他の選手よりもあったんじゃないかと。『相手チームのキーマンのマークにつけ』と言われることもありましたから」

 坂本の主戦場は右ウイングバックだったが、左サイドを務めることもあれば、サイドバックやボランチをこなしたこともある。どんなポジションだろうと、ピッチに置いておきたい選手――それが、オシムにとっての坂本だった。