大島僚太、進化の1年。3度の優勝で芽生えた日本代表返り咲きへの思い (5ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

 そしてもうひとつ、川崎優勝の原動力となったのは、やはり中村の存在だろう。

 長期離脱から復帰し、突如の引退発表。クラブのレジェンドの現役ラストシーズンを飾りたいという想いは、間違いなく川崎の優勝の要因となった。

 もっとも、中村のいない来季の川崎は、どんなチームになるのだろうか。大島は「イメージできないと言えば現実から逃げているようですけど、やっぱり、憲剛さんがいないフロンターレは想像できないですね」と、寂しそうに語る。

 それでも、中村がいなくなる事実は変わることはなく、残った選手たちが想いを引き継いでいくほかない。

「そうですね。いなくなったことでチームが沈んでしまえば、悲しむのは憲剛さんだと思いますから。これまでに伊藤宏樹さんだったり、憲剛さんが、フロンターレという大きな船を作ってくれた。それを(小林)悠さんだったり、彰悟くん、僕も含めた生え抜きが束になって、この船をもっと大きくしていかないといけない。僕自身、思い切り責任を背負い込みたい部分も正直ありますし、舵を取るくらいのつもりで、やっていきたい覚悟はあります」

 責任を背負い込むと同時に、偉大なる先輩が背負った「14番」を引き継ぎたいという想いは? そんな質問をぶつけると、大島は少し悩んで、こう答えた。

「チームから言われれば、断ることはないと思います。ただ、1年くらいは間を置いてほしいですね(笑)。2016年に10番を打診された時は、すぐにつけたいと思いましたけど、やっぱり14は重すぎますから」

 プロ入りから10年、中村からは多くを学び、大きな影響を受けたという。そして、よきお手本がいなくなることで、大島のなかには新たな想いも生まれている。

「憲剛さんに対しては憧れの部分から入って、いろんなことを学ぶことで代表にもつながった。人のプレーを見て、盗むことの重要性を実体験として得られたので、僕自身も伝えていきたい想いがあります」

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