2019.02.13

10年在籍のFC東京から名古屋へ。
米本拓司の苦悩「最後のチャンス」

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi
  • 小早川 渉●撮影 photo by Kobayakawa Wataru

名古屋グランパス・米本拓司インタビュー@前編

 伊丹高校から2009年にFC東京に加入して以来、米本拓司は青赤のユニフォームをまとって10年間プレーしてきた。ボール奪取力を武器にルーキーイヤーにレギュラーポジションを掴み、その年にはナビスコカップ制覇に貢献。その後、3度の大ケガに見舞われながらも復活を遂げ、ファン・サポーターから愛されてきた。

 ところが今オフ、「愛着があった」と言うFC東京から離れる決断を下す。しかも、移籍先は、ガツガツあたる米本のスタイルとは異なり、高い技術を求められる名古屋グランパスだった。その決断の裏には、どんな想いと葛藤があったのか――。

MF米本拓司(よねもと・たくじ)1990年12月3日生まれ、兵庫県伊丹市出身―― 率直に言って驚きました。移籍をしたことにではなく、名古屋グランパスだったということに。でも、なぜ名古屋だったのかを考えたら、うれしくなったというか。3度目のケガをした直後、引退も考えていた米本選手が、今は自分に足りないものを求めて、もっともっと成長したいと思うようになったんだなって。

米本拓司(以下:米本) まさに、そうですね。このチームが自分に足りないものを一番持っていると思いますし、安定を取るのか、成長とチャレンジを取るのか、その2択でしたね、正直。

―― 東京に残っていれば、幹部候補生として将来が約束されていたと思います。実際、引退後を考えて、そうした方向の考えに傾いた時期もあったわけでしょう?

米本 確かにありましたね。でも、今回はチャレンジしようって。

―― もちろん、相当悩んだ末の決断だったと思います。

米本 正直なところ、次のオファーがいつ来るかわからないですし、年齢的にもラストチャンスかもしれない。しかも、自分に足りないものがあるチームが誘ってくれたわけです。

 もちろん「名古屋に行って大丈夫?」「合わないんじゃないか」っていう人もいましたけど、「だからこそ、足りないものを求めて行くんじゃないか」と僕は思ったし、そういう人たちを見返したいという想いも芽生えてきて。やっぱり、名古屋だからこそ行くっていうところがあって、1年後、「米本、この1年でうまくなったな」と思ってもらいたいですね。