2017.02.21

15年前にジュビロのN-BOXが
体現した「日本人らしいサッカー」

  • 飯尾篤史●取材・文 text by Iio Atsushi

短期連載・今こそ「ジュビロ磐田のN-BOX」を考える(6)

(連載第1回)(連載第2回)(連載第3回)(連載第4回)(連載第5回)から読む>>)

クラブ世界選手権の中止が磐田に与えた影響

 日本代表がワールドカップに初出場したのは1998年だった。そこで初めて、代表チームは世界と真剣勝負をする機会を得たが、日本のクラブチームが世界と戦う機会はそれまで一度もなかった。

 そのチャンスが2001年に生まれようとして、突然消えた。

 磐田が出場するはずだったクラブ世界選手権が中止になったことについて、福西崇史が私見を語る。

「もし、あのとき、ジュビロがクラブ世界選手権に出ていたら、僕らだけでなく、ほかのクラブもジュビロを通して世界との距離を測れたんじゃないかな。だから、世界に対してのクラブチームの距離は、もっと早く縮まったと思います」

 磐田の世界挑戦が幻に終わったことで、日本のクラブがヨーロッパの強豪クラブと真剣勝負をするのは、トヨタカップから模様替えされたクラブ・ワールドカップにアジア王者として出場した浦和レッズが、準決勝でACミランと戦う2007年まで待たなければならなかった。