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【ワールドカップ】サッカー日本代表のブラジル戦で蘇った1998年フランス大会の感覚 ベテランライターが振り返る28年間の成長 (3ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Takeo Goto

【本気で決勝トーナメントを戦える位置へ】

 それから28年、日本は一歩ずつ力をつけ、大会を追うごとに海外のクラブでプレーする選手の数は増えていった。日本はW杯での勝利を目指して必死に戦い、2002年の日韓大会ではホームアドバンテージを生かしてグループリーグを突破。2010年、2018年、2022年大会でもラウンド16に進出した。だが、いずれの大会でも決勝トーナメントの初戦で敗退していた。

 この間、日本の目標はあくまでも「グループリーグ突破」だった。グループリーグの戦いには、ドラマがびっしりと詰まっていた。

 日韓大会で日本が初のグループリーグ突破を果たした時、監督のフィリップ・トルシエは「あとはボーナスのようなもの」と語り、ラウンド16のトルコ戦でCKから先制を許してそのままあっさりと姿を消した。

 それからも、必死に戦ってラウンド16にたどり着いた時には、その後の戦いを続けるための余力が残っていないこともあった。

 だが、今大会の日本は初戦から決勝トーナメント以降を見据えて戦うことができた。強豪オランダと引き分けると格下チュニジアには確実に勝利して勝点4を獲得。3位以上でのグループリーグ通過を確実なものとすると、最後のスウェーデン戦ではその後の戦いを見据えて、守備の要の佐野海舟と冨安健洋を温存して戦った。

 ラウンド32でブラジルのような強豪と当たってしまったのは不運だったが、それでも日本は1点を先制することには成功。南野拓実や三笘薫を欠き、さらに初戦のオランダ戦で久保建英までが離脱してしまったため、後半に入って攻撃的な交代カードを切れず、「早めのクロス」というおよそブラジルらしくない力技の前に最後は逆転されてしまったが、それなりの戦いは見せた。

 その姿は、僕の頭の中で28年前のフランス大会のグループリーグでアルゼンチン相手に"善戦"して1点差で敗れた時の記憶と重なった。W杯という大会に初めて挑戦して敗れたのが1998年大会のアルゼンチン戦であり、決勝トーナメントという新たなステージに本気で挑戦して惜敗したのが2026年のブラジル戦だった。

 日本は目標として「優勝」を掲げていたが、今大会のラウンド16や準々決勝の激しい戦いを見れば、残念ながら今の日本にはまだ本気で「優勝」が狙えるほどの戦力はない。だが、W杯への初めての挑戦だった1998年から28年かかって、日本はようやく本気で決勝トーナメントを戦える位置にまでたどり着いた。

 ここから本気で「優勝」を狙えるだけの存在に成長するには、いったいどのくらいの時間が必要なのだろうか......。

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著者プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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