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【FIFAワールドカップ】日本が注目のチュニジアはラウンド16で敗退 アフリカ選手権で思い出す富樫洋一氏の活躍 (2ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Goto Takeo

【アフリカサッカーが大好きだった富樫氏】

 そんな富樫氏が亡くなって、間もなく20年が経過する......。

 なんで今、そのジャンルカのことを思い出したのかというと、2025年12月からモロッコで開催されているアフリカ選手権(アフリカ・カップ・オブ・ネーションズ)をDAZNの配信で観たからだった。

 富樫氏はアフリカサッカーが大好きだった。

「近い将来、アフリカの代表がW杯で優勝する」と主張していて、アフリカ選手権にも何度か取材に行っていた。僕は、アフリカのチームはW杯で優勝するにはまだ緻密さが足りないし、ファウルが多すぎると思っていたが、富樫氏はあのダイナミックなフィジカル能力を高く評価していた。

 実際、1990年のイタリアW杯ではカメルーンが準々決勝に進出し、4年後のアメリカW杯でもナイジェリアが活躍している。

 そして、富樫氏は2006年1月から2月にかけてエジプトで開催されたアフリカ選手権も取材に出かけたのだが、現地で体調を崩し、滞在中のカイロのホテルで客死したのである。2月7日、同大会の準決勝が行なわれた日だった。

 これも奇妙な縁だと思うのだが、このときのアフリカ選手権の模様はスカパー!で実況中継が行なわれており、僕はその2月7日の準決勝エジプト対セネガル戦の解説をすることになっていたのである。

「富樫さんが亡くなったようだ」という一報も、当日、スカパー!のディレクターからの電話で知った。「まだ詳しくはわからないんですが......」という話だったが、その後、それは事実であると判明した。

「とにかく、実況中継は予定どおり行ないますので」というので、僕はスカパー!のスタジオに入った。当日は、川勝良一氏とのダブル解説だった。

 まだ、情報は錯綜していた。死因もわからなかった。試合前に富樫氏のための黙祷があるかもしれないとも聞いていたが、結局、黙祷らしきものはなく、そのまま試合が始まった(黙祷は決勝戦の前に行なわれた)。

 詳しい情報がないままだし、なにしろ古くからの知り合いの、しかも、まだ50歳台前半という若さでの死去......。さまざまな感情が押し寄せるなかでの解説だったが、プロとしてはどんな状況でも試合の流れ自体を冷静に追いかけることを肝に銘じて、マイクに向かった記憶がある。

 あれから20年が経過したことも、実はすっかり忘れていた。モロッコでの今大会を観戦しながら、ふと、「そうだ、富樫さんが亡くなったのもアフリカ選手権の時だったなぁ」と思い出し、記憶を手繰ってみて20年前のことだと気づいたのだった。

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