日本嫌いの前任者→トルシエがベトナム代表監督に就任 すぐに合意したのは「同じ条件という提示額をそのまま受け入れた」 (2ページ目)

  • 田村修一●取材・文 text by Tamura Shuichi
  • photo by Kyodo News

――ベトナムでの活動の第一歩の手応えはいかがですか。

「いいスタートをきれたと満足している。(ベトナムサッカー界のいろいろな)環境を把握できたし、自分の居場所も確保できた。

 以前にもPVFで働き、代表の仕事にも従事していたから、ベトナムのことはよく知っている。そのうえ、23歳以下の選手たちの80%は、私がU-19代表監督時代に指導した選手たちだ。

 だから、合宿はとても有意義だったし、すぐに本格的な活動を始めることができた。どんなふうにプレーするか、戦術練習にもすぐに入っていけたし、私のコレクティブな要求に、選手たちが十分に応えられることも確認できた」

――すでに継続性のなかにいるわけですね。

「そのとおりだ。確かに2年の断絶はあったが、2歳年上になったグループとの継続的な活動の再開だ。選手はより成熟し、マネジメント面における選手との関係も、私が彼らに求める技術的・戦術的な要求も、すべてが継続している。

 そのうえで、さまざまなセクターの強化を図っている。選手は進歩を遂げ、彼らも私の要求をよく理解しているからだ。カタール国際に向けての準備も進めることができた」

――少し話を戻して、今回の契約に至ったプロセスを教えてください。交渉の経緯とともに、ベトナムを選んだ理由も聞かせてください。

「2年前にベトナムを離れたのは、ビングループが私との契約を打ちきったからだ。彼らはアカデミーの売却を決めた。投資の対象を広げ、サッカー以外に投資を行なうようになった。その結果、私の契約も終了することになった。

 同時にコロナが重なった。多くの大会やリーグが中断・延期となり、協会は私との関係を維持したかったが、条件面で合意に達することができなかった。また、健康面の問題もあった。私の膝は手術を要する状態だった。

 それでフランスに帰国したが、ベトナム協会会長やチームマネジャーとの関係はずっと続いていた。だから1年半前に、ベトナム女子代表がフランスと対戦した際には、彼らは私を試合に招待した。

 そうしたなかで、朴恒緒(パク・ハンソ)前監督(※3)との契約が終了し、『その跡を継ぐ気があるか』と(ベトナム協会から)確認の電話を受けた。
※3=2017年9月から2023年1月までベトナム代表監督を務め、五輪代表監督も兼任。この間、U-23アジア選手権決勝進出、アジア大会ベスト4、AFFカップ(東南アジア選手権)優勝、シーゲームズ2連覇、アジアカップベスト8など、ベトナムサッカーのレベルを飛躍的に向上させた。大の日本嫌いとしても知られる。

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