2021.07.22

小野伸二の言葉に泣き崩れた石川直宏。五輪への真摯な思いは生き続けた

  • 小宮良之●文 photo by Komiya Yoshiyuki
  • photo by MEXSPORT/AFLO

五輪サッカーの光と影(3)~2004年アテネ五輪
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「谷間の世代」

 2004年のアテネ五輪を戦ったメンバーは、そんな不名誉な呼ばれ方をしていた。1999年のワールドユースで小野伸二らは決勝に進出し、「黄金世代」と呼ばれた。直後には平山相太を中心にした「全国高校サッカー選手権の最後のスター世代」がいた。ふたつの世代に挟まれ、「谷間」という不当な扱いを受けた。その決めつけが、図らずも彼らの反骨心を刺激し、成長の触媒になったのかもしれない。

 2010年の南アフリカワールドカップで、日本は自国開催以外で初のベスト16に進出したが、アテネ五輪からは大久保嘉人、松井大輔、田中マルクス闘莉王、駒野友一、阿部勇樹、今野泰幸など、6人の主力、もしくはそれに近い選手を輩出している。彼らは「谷間」から出て、時代を牽引した。アテネのメンバーには入らなかったが、日本人史上最高のMFと言える長谷部誠もこの世代だ。

 アテネ五輪で、彼らはどのような戦ったのか?

アテネ五輪のパラグアイ戦、ガーナ戦でゴールを決めた大久保嘉人アテネ五輪のパラグアイ戦、ガーナ戦でゴールを決めた大久保嘉人 この記事に関連する写真を見る  結果から言えば、日本はパラグアイに3-4、イタリアに2-3と派手に打ち負けた。最後はガーナに1-0で勝利したが、すでに2連敗で大会敗退は決まっていた。つまり、結果は残せていない。

<攻撃にギアを入れ、守備のブレーキを失う>。

 そんな表現がふさわしいか。戦術的に未熟で攻守のバランスが取れず、どうしても先手を取られた。

 イタリア戦は典型だった。アルベルト・ジラルディーノひとりに翻弄され、前半途中で選手を交代させ、システムを変えるが、そのたびに流れを持っていかれた。単純にサイドを狙われているだけでも、有効な手を打てなかった。プレッシングやリトリートが曖昧で、フィーリングで攻め、守っていた。

 しかし戦術面で過渡期の時代、選手たちは必死に食らいついている。

「アテネでゴールを決めていなかったら、海外移籍(マジョルカ/スペイン)もなかったかもしれん」

 アテネ世代のエースといえる大久保嘉人は、拙著『ロスタイムに奇跡を』(角川文庫)の取材で語っていた。パラグアイ、ガーナを相手に得点を記録し、航路を開いた。