2019.06.03

トルシエに頭をつかまれて
バケツにつっこまれた男・永井雄一郎の回想

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第8回:永井雄一郎(1)

「そんなに気にしなかった」

 1999年のFIFAワールドユース(現在のU-20W杯)・ナイジェリア大会の初戦、カメルーン戦に1-2と逆転負けを喫したあと、永井雄一郎は、そう思っていたという。

「残り2試合勝てばいいやって感じだったし、97年大会も初戦のスペイン戦に負けたけど決勝トーナメントには行けた。なんとかなるでしょ、っていい意味で開き直るメンバーだったんで、負けたけどそんなに深刻ではなかったですね」

 永井が感じたとおり、日本はその後、グループリーグの残り2試合を勝ち、決勝トーナメント進出を果たした――。

       ◆       ◆       ◆

「まさか自分がまた代表に入れるなんて、思っていなかったですね」

 永井は20年前を回想して、そう言った。

1999年ワールドユースについて振り返る永井雄一郎 永井がナイジェリアワールドユースに向けて、フランス&ブルキナファソ合宿へ招集されたのは本大会開催の2カ月前だった。ワールドユースは1999年大会からレギュレーションが変更され、年齢をクリアしていれば複数回出場が可能になったため、前回大会に出場していた永井も呼ばれることになったのだ。

「97年大会のビデオをトルシエが見て、『これは誰だ。Jリーグにいないじゃないか』って言ったらしく、スタッフが『今ドイツにいる』と言うと、『合宿に呼ぼう』ということになったらしいです。ちょっとビックリしましたが、うれしかったですね」

 当時、永井はドイツ2部リーグのカールスルーエに所属していた。

 97年に浦和レッズに入団。そのシーズンのワールドユース・マレーシア大会に出場し、チームでも30試合出場3得点という結果を残した。だが、2年目のジンクスなのか、永井は伸び悩んでいた。

「よく一流選手が2年目のジンクスとかいうけど、自分の場合は、1年目は自分の実力がないのを周囲がごまかしてくれて、うまく使ってくれていたんです。でも、2年目はその実力のなさがハッキリと出てしまった。試合になかなか出られないし、このままいても先が見えない。だから、海外でやってみようと思ってドイツに行ったんです。ドイツでプレーしたものが、代表でどれだけ出せるのか、世界とどれだけやれるのか、チャレンジしたかった。そのチャンスを与えられたと思って行きました」