2018.04.10

ハリル解任会見での違和感。
なぜ「目指すサッカー」は語られないのか

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki photo by JFA/AFLO

 日本代表監督交代。「代える」という判断は間違っていないと思う。

 コンディションを重視すべき選手と、コンディションが少々悪くても選んでおかなければならない選手とが共存するのが、代表チームの本来の像だ。にもかかわらず、ハリルホジッチはコンディションというフィルターを選手全員にあてがった。

 選手起用は場当たり的になりがちだ。2018年のW杯本番から逆算する目を欠き、ストーリー性も脆弱になる。それに好き嫌いが見透けてしまう選手選考も加われば、23人枠を巡る争いは、悪い意味で混沌とする。

 標榜する「縦に速いサッカー」(よく言えば)と、日本サッカーとの相性の悪さもある。その論理的な矛盾と効率性の悪さが表面化していることも混乱に輪をかけた。よいサッカーか悪いサッカーかと言えば、後者だ。

 さらに、このサッカーでW杯本大会に臨めば大丈夫だとの自信が、監督自身に見られないこと。居丈高な態度を取る一方で、弱気な言動が目立ち始めたこと。代表監督に不可欠なカリスマ性が失われてしまったこと……。

 これだけ交代の条件が揃ったにもかかわらず、「代えない」という選択をするなら、そもそも監督の是非を論じる議論は不要になる。

 交代は当然。残り2カ月という段になっての交代という時期的な問題はあるが、逆に言えば、問題はそこだけだった。

ハリルホジッチに代わって日本代表監督に就任する西野朗氏(左) 解任会見で田嶋幸三サッカー協会会長は、コミュニケーションや摩擦の問題を挙げた。これだけ問題を抱えれば、その手のトラブルが起きていないほうがおかしい。とうの昔から起きていたに違いないが、表面化しなかったにすぎないと考えるのが自然だ。