【プロ野球】掛布雅之が1985年と今の阪神打線を比較 強力クリーンナップと、チームの「大きな違い」を語った (4ページ目)
【打線固定で高まった守る力】
――今の阪神は1番から5番までが固定され、85年に関しては、1番から8番までがほぼ固定されていました。打線は固定すべきですか?
掛布 固定できるに越したことはありません。前後の選手の顔がわかるので、自分が何をやらなければいけないかが見えてきますよね。あと、打線の固定はポジションの固定にもつながるんです。85年は「よく打った」と言われますが、守りもしっかりしていたんですよ。
ショートの平田、セカンドのオカ、サードの自分やファーストのバースも、固定して戦うことで横のつながりがすごくありました。今の阪神はショート、6番が固定できていません。打線のなかで5番がマークされるケースは多いので、6番がポイントになるんです。昨年の日本シリーズがそうでしたよね。大山が徹底的にマークされて1割も打てなかった(.056)ですから。
仮に85年と今の打線で戦ったら、今のほうが断然強いと思いますよ。でも、ポジションが固定できていたという意味では、当時のほうがチームのバランスはよかったかもしれません。
――85年は守り勝つ試合が多かった?
掛布 確か、チーム防御率は4点台でしたよね(4.16)。それでも勝てたというのは、守り勝てたからですよ。10対9でも、1対0でも、リードを守るのはピッチャーを含めた守る力ですから。だから、日本シリーズで広岡達朗監督が率いる強い西武に勝てたわけです。85年と今の打線の大きな違いは、その部分なんじゃないかと思うんです。
(後編:掛布雅之が指摘する「今の阪神に足りないもの」 1985年のチームよりもつながりを感じない>>)
【プロフィール】
掛布雅之(かけふ・まさゆき)
1955年5月9日、千葉県生まれ。習志野高校を卒業後、1973年にドラフト6位で阪神に入団。本塁打王3回、打点王1回、ベストナイン7回、ダイヤモンドグラブ賞6回、オールスターゲーム10年連続出場などの成績を残した。球団初の日本シリーズ制覇になった1985年は不動の四番打者として活躍。1988年に現役を引退した後は、阪神のGM付育成&打撃コーディネーター、2軍監督、オーナー付シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、HANSHIN LEGEND TELLERなどを歴任。野球解説者や評論家、YouTubeなどにも活躍の場を広げている。
著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。
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